見出し画像

金曜日、ストリートにて

金曜日、ストリートにて

 水野貴美は街頭で、ストリート・ライブをしていた。
 金曜日の夜は、とりわけ人通りが多い。
 ギターのハードケースには、次々と投げ銭が放り込まれた。

 貴美は人混みの中に、ある男を見つけた。
 それは、月曜日の男だった。
 いつもは高級なスーツを着て現れる月曜日の男だったが、金曜日に現れたその男は、ラフな格好をしていた。そのため最初は、それが月曜日の男だとはわからなかった。そして月曜日はいつも途中で投げ銭をして帰ってゆくのだが、今日は違っていた。
 なんだか奇妙だ、いつもと違う、と貴美は思っていた。

 演奏が終わって帰り支度をしていると、その男に声をかけられた。

「僕のものになってくれないか? 君が欲しいんだ」
 とその男は唐突に言った。
「え?」
 と貴美は驚いた。
 何だか怖かった。

「月に20万円でどうだろう?」
 と男は続けて言った。

 愛人契約?
 やっぱり体が目的だったんだ、と貴美は思った。何だかおかしいと思っていた。

「体が目的だったんですね。だけど何で私なんですか? あなたにならもっといくらでもいい女が手に入るでしょう?」
 と言って貴美は男を睨みつけた。
 金持ちはお金で何でも手に入ると思っているんだ、金持ちなんてそんなものだ、と貴美は思った。

 男は少し困ったような表情をしてから、気を取り直したように話を続けた。

「君の歌声が欲しいんだ」
 と男は言った。
「歌声?」
「君の歌声は素敵だ。僕はそれが欲しい。体はいらない。君が言うように、女は間に合っている」
 男は淡々とした口調で言った。
 貴美は顔が真っ赤になった。
 嬉しい、恥ずかしい、そんな複雑な気持ちだった。

 男はシャツの胸ポケットに手を入れて、名刺を取り出した。

「音楽事務所 ムーンライト・ミュージック 所長 竹田直斗」

「興味があったらここに来てくれ。僕は毎週金曜日、ここにいる」
 と男は言った。



おわり。

もしも僕の小説が気に入ってくれたのなら、サポートをお願いします。 更なる創作へのエネルギーとさせていただきます。