20世紀少女
彼女は20世紀からタイムリープしてきた20世紀少女。
昭和の時代から来た20世紀少女。
彼女は聖子ちゃんカットだった。
ボートハウスのトレーナーを着ていて、テニスのラケットを持っていた。
彼女がこの時代の人ではないことは、僕にはすぐにわかった。
それは、マスクをしていなかったからだ。
彼女は散歩道のベンチに腰掛けていた。
ふわっと、もわっと、ぼんやりと座っていた。
それはまるで、現実に存在していないかのようだった。
彼女の座っている空間だけが、まるで異次元だった。
いや、ある意味、実際にそこは異次元だった。
「マスクをしたほうが良い。危険だから」
僕は彼女に話しかけた。
「危険?」
彼女はキョトンとした顔をして僕を見た。
小泉今日子ではない。だけども愛くるしい。
彼女は僕の言葉が、まるで理解できない様子だった。
それは彼女がカマトトだからではない。20世紀から現代にタイムリープすれば、誰だって僕の言葉を理解できない。
「うん。この世界はウィルスが蔓延していて、マスクをしていないと感染してしまうんだよ」
僕は彼女に丁寧に、現代の当たり前のことを説明した。
「ウィルス?」
ブルースじゃないよ、と言おうとしたが、彼女にはそのジョークは通じないだろう。彼女のいた時代では、ダイハードはまだ上映されていない。
それにブルース・ウィリスは引退してしまった。彼女の世界では、永遠にブルース・ウィリスは存在しない。
彼女の知らないところで、知らないものが生まれ、失われていった。
そこには知らなくていいことも、知らなければならないこともあった。
彼女は知らない。
ブルース・ウィリスを。
それは別に知らなくてもいい。
「うん、君は来てはいけない世界に来てしまったようだ」
そう、彼女は決して来てはいけない世界に来てしまったのだ。
田中康夫の「なんとなくクリスタル」が流行った、なんとなく暮らしてる、平和な世界。
そんな昭和の世界からタイムリープしてきた彼女。
彼女は20世紀少女。
つづく。
この混沌としたマスクの世界は、まだまだ続く。
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