見出し画像

水曜日、ストリートにて

 水野貴美は、街頭でストリート・ライブをすることに決めた。

 人前で歌いたかった。
 歌うことで、自分を表現したかった。
 歌うことで、自分を解放したかった。

 誰も聴かなくてもいい。
 ただ自分のためだけに、歌いたかった。

 フォーク・ギターをハードケースから取り出して、ストラップをつけて、肩にかけた。
 ハードケースは開いたままにして、目の前に置いておく。
 もしかしたら誰かが投げ銭をしてくれるかもしれない。

 人前に立つのは恥ずかしい。
 だけども自分自身に集中することにした。
 何も考えない。
 ここにいるのは自分だけだと思って、目をつむる。

 集中すると、都会の雑踏のノイズは消えた。
 一瞬にして、静寂が訪れる。
 よし、いける。
 私はただ歌を歌う。
 歌うことだけを考える。

 水野貴美は無心に歌った。
 道行く人が、ギターのハードケースに投げ銭を入れてゆく。
 1円、5円、10円、50円、、。

 100円は、缶コーヒー1杯。
 500円は、喫茶店のコーヒー1杯。
 1000円は、私へのプレゼント。


 気が付くと、ギターケースの中には、たくさんのお金が入っていた。
 だけどもそれよりも気になったのは、目の前の女子高校生だった。

 制服姿の女子高生が、目の前でしゃがみこんで、泣いていた。
 おいおいと、泣いていた。
 おいおい、と思った。
 女子高生と目があった。
 号泣していた。

 貴美は歌うのをやめて、自分もしゃがみ、女子高生の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 何かつらいことあった?」
 と優しく話しかける。

「とっても感動しました。とっても心に響きました」
 そう言いながら、女子高生は泣き続けた。
 貴美はポケットからハンカチを取り出して、女子高生に手渡した。
 女子高生はそれを受け取り、涙を拭った。

「お金を入れたいんだけど、お金が無いんです。お金を出したいんだけど、お金が無いんです。自分が情けなくて、情けなくて」
 貴美は、優しく語りかける。
「いいのよ、そんなこと気にしなくて」
 そして、ギターケースから千円札を一枚取り出して、「はい」と言って女子高生に手渡した。
「これで何か食べて、元気を出して。つらいことがあったんでしょう?」
「ダメです。ダメです。もらえません」
 女子高生は泣きながら首を振る。

「いいから、ね。
 私の歌を聴いてくれて、ありがとう。
 私の歌で泣いてくれて、ありがとう。
 これは、ご褒美よ。
 私にとっての、あなたにとっての」
 と、貴美は言った。


 思い切って街で歌ってみて良かった、と貴美は思った。


つづく。

★ 水野貴美の別のお話は、こちら。


もしも僕の小説が気に入ってくれたのなら、サポートをお願いします。 更なる創作へのエネルギーとさせていただきます。