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短編小説

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僕の短編小説集です。
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2021年12月の記事一覧

胃袋を掴め!

「男の人はね、胃袋を掴むのが一番なの。でもあなたには無理ね」  と親友のさゆりは亜希子に言った。  そうだ、亜希子に料理は無理だ。  絶対に無理だ。  それは断言できる。  だったら他の方法を考える。  アウトソースだ。  ウスターソースだ。  いや、それは違う。  誰かに頼めばいいのだ。  誰に?  亜希子は考える。  そして思い浮かぶ。  弟の健介だ。  健介は料理が得意で、最近小さなレストランをオープンしたのだ。  亜希子に作戦が思い浮かぶ。 「うん、これならいける

アパートの部屋の灯り

 僕のアパートの隣の部屋に、明かりが灯った。  僕のアパートは新築で、まだ住んでいたのは僕一人だったので、「誰かが引っ越してきたんだあ」と僕は思った。  残業で遅くなった会社の帰り、暗いアパートの部屋に明かりが灯っているのを眺めて、僕の心は少しばかり安らいだ。  アパートの部屋のドアを開けて、明かりをつける。明かりが灯っていたのは僕の部屋ではない。暗い僕の部屋が、明るくなった。  着替えをして少しすると、僕の部屋のドアがノックされた。  僕がドアを開けると、そこには可愛ら

チョコレートな恋

「これ、食べる?」  と彼女はバツが悪そうに、僕にチョコレートの包を手渡した。  僕が仕事の相談で彼女に話しかけたとき、彼女は丁度オフィスの自分のデスクの引き出しを開けて、チョコレートを一口食べようとしていたのだ。  そこで僕と目があってしまったので、仕方がなく手に持っていたチョコレートの包を僕に差し出したのだ。 「あ、チョコレートなんて食べないよね。ごめん」  と言ってその手を引っ込めた。 「チョコレートなんて嫌いでしょう? チョコレートが似合わない顔しているものね。バ

みんなひとりぼっち

「僕は僕一人だけで、全部をやりたいんだ。そうしないと、僕の100パーセントにはならないから。ほんのちょっとでも僕の感覚と合わないと、気持ちが悪いし我慢ならない。だから君と協力して創作することはできない」  と僕は彼にきっぱりと言った。  ポール・マッカートニーは、自分の家のスタジオですべての楽器を演奏してオーバー・ダビングすることで曲を作り、McCartneyというアルバムを作った。このアルバムは2作目、3作目が作られている。  山下達郎は、自分の声だけをオーバーダビングし

ロマンチックいらない

 僕は彼女のアパートで、クリスマス・イヴを過ごす。  チャイムが鳴り、彼女は玄関のドアを開ける。  サンタクロースの衣装を着た男が立っている。  クリスマス・イヴは、宅配便の配達員もサンタクロースの衣装だ。  彼女は荷物を受け取り、サインをする。 「サンタクロースがクリスマス・プレゼントを持ってきた」  と僕は言った。 「これって私がAmazonの欲しいものリストに入れて、あなたが買ってくれたものよね。何だかカタログギフトみたいだけれど」  と彼女はそっけなく答えた。