最期の似顔絵を描く
足音がよく響くホスピス病棟の廊下。その音で私だとわかり、笑顔で迎えてくれる患者さんがいる。
ホスピスとは、末期がんの患者が穏やかに人生の終末を迎えられるように援助する施設のことである。本人の尊厳を守りながら、最期のときを迎えるまで、いかにその人らしく生活できるか、ということを大切にしている。そのためには、苦痛を取り除くために麻薬を使用したり、カウンセリングをして精神的ケアを行ったりもする。
その中で私はリハビリという立場で関わらせていただいている。患者の身体の痛みや生活動作の悩みを中心に、運動療法やマッサージ、趣味活動の支援などを行っている。
二年前、油絵が好きな患者Yさんのリハビリを受け持つことになった。病室で油絵を描くことはできないが、水彩画やデッサンならできる。Yさんが絵を描ける環境を提供し、彼女がスケッチブックに向き合う隣で私も細々と絵を描くことにした。
Yさんはたくさんの受賞歴があり、過去に描いた作品を写真で見せてくれた。大きな岩の絵がお気に入りなのだと言う。
「ねぇ、この隅っこに小さな雑草があるしょう。これが私なんだ」
そう説明してからYさんはしばらく黙ってしまった。遠くを見るような目は、どこか寂しそうだった。
あるとき、Yさんの誕生日プレゼントのために似顔絵を描いてくれないかと看護師から依頼があった。最初は自信がなく迷っていたが、彼女の最後かもしれない誕生日に私ができる最善のことは何かを考え、覚悟を決めて制作に取りかかった。
あなたは雑草ではない。少なくとも私には美しい花のような存在であると伝えられるよう、似顔絵の隣に花の絵も描いた。そして最後に俳句も添えた。
薫風や画帳開きて日を掬ふ
「今までの人生で一番幸せな誕生日だった」と、照れて目も合わさずに言うYさんの笑顔は忘れられない。その数日後、容態が急変し、Yさんは旅立たれた。
それから私はリハビリ業務の傍ら、患者さんの似顔絵を描くようになった。断られることや、入院時から既にそのような容態でない方も少なくない。だが、喜んでくれる患者さんやご家族がいるから続けている。その姿に私自身も幸福感に包まれる。
ホスピスでは、残された短い未来に対し、皆が様々な思いを抱えて生きている。そこには苦しみや葛藤も多い。そんな中、似顔絵を描くことが私のできる、ささやかなギフトであり、小さな希望であると信じて今日も描いている。
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