一人部屋にまつわる思い出の行方

 実家を離れると、多くの場合、一人部屋は物置部屋になる。
 私の一人部屋は今、ごみ屋敷のような状態である。とても人には見せられない。絶対にこの部屋には誰も招くことはせず、見られないにしようと決めていた。

 この週末、用があって二人の子どもを連れて実家へ行く機会があった。
 両親が子どもと遊んでくれているときに、ふと、とある音楽が頭を過り、どうしてもその曲が聴きたくなった。そのCDは自分の部屋にある。この隙にこっそり取りに行こうとして、立ち上がった。
 すると、透かさず三歳の息子が私の足を止める。自分の部屋へ荷物を取りに行くだけだから待っているように伝えるも、「行きたい! 行かせて!」と、溢れる好奇心を制止すると不穏になることはわかっているので、諦めて一緒に行くことにした。

 ぎしぎしと音が鳴る階段を上る。途中から掴まるところがないので、息子が落ちてしまわないように手を繋いで上る。
 これから自分の部屋を見せるのが不思議な気持ちになった。
 一人部屋を使っていた高校時代、いつか自分が子どもを持つようになるなんて、ましてや、自分の部屋に一緒に行くなんて、想像もしていなかったからだ。

 部屋に到着すると、息子もさすがに驚いて、突然喋らなくなってしまった。明らかにこの部屋の雰囲気に圧倒されていた。好奇心に満ちた目の輝きは失われ、足を踏み入れようとはしなかった。
 そこは、かつてよく聴いていたCDや読み漁っていた本、ブランドにこだわって無駄に買いすぎた服、音楽活動で使用していた楽器や音楽関係の機材、それらが死体のように存在し、事件現場のように散乱し、足の踏み場もない状況になっている。
 また、高校の放課後に彼女と睦言を交わしたり、朝までギターを練習したり、布団に潜り込んで泣いたり、そんな思い出も部屋の空気感として染み付いている。
 息子にこれ以上は見られたくなかったため、CDを急いで探し出し、すぐに部屋を後にした。

 再来年には兄の家族が実家に住む予定である。そうしたら、この部屋は姪が使うと聞いている。そのときまでに大量の荷物は片づけなければならない。今住んでいる家にもそんな置き場はないので、殆どはごみとして捨ててしまうことになると思う。

 だが、染み付いた思い出たちは、どこに行けばいいのだろう。
 記憶は人や物、場所とセットになっていることが多い。物置部屋でなくなることは嬉しいが、あのときの心の機微を思い出して浸ることはもうなくなるのかもしれない。
 もうあと何回訪れるかわからないが、この部屋で生じた出来事や感情の記憶が薄れていくことを、少しずつ受け入れていかなければならない。
 消えてしまいたいと思った日々さえも、この一人部屋というフィルターを通せば、愛しく感じる。

 生きることは、「こんにちは」をしながら、少しずつ「さよなら」をすることなのだ。きっと。


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