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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.42 アクシデントだらけの川下り②

出航は順調だった。
船はゆっくりと川の流れに乗っていた。
季節は乾季だったので、川の水量が減っていて、対岸が辛うじて見えていた。

空はどこまでも青く、透き通るように晴れていて、水面は静かだった。
景色は変わらない。
ぶつかりそうな物もない。
このまま穏やかに海まで流れていけるのなら、なんて穏やかな船旅だろうと思った。
ケイイチはそんな期待をしながら、それはそれで面白くないな、などと考えていた。

しかし、それは間違いだったとすぐに気づいた。

あまりの快適さに、船の操作を放置して寝っ転がっていた。
出航の時は興奮していた仲間たちも、穏やかに流れているだけではすることもなく、暇を持て余し始めていた。
みんなでごろ寝する。

ふと気がつくと、いきなり目の前に土手が迫っていた。
知らない間に船は岸の方に寄せられていたのだ
歩くほどのスピードしか出ていなかったはずなのに、いつの間にか自転車を全速力で漕ぐほどのスピードになっていた。
慌ててオールを掴み、水面に差し込んで、舵を切った。
オールが抵抗を生み、急旋回する。
ギリギリ直前で衝突を回避することができた。
気づくのがあと一瞬遅かったら、速い速度で土手にぶつかり、船が損壊して沈没していたかもしれない。
心臓がバクバクと脈を打っているのが感じられた。
本当に危なかった。
それまでの最高楽々なんて気分は一瞬で吹っ飛んでいった。
川の流れは先が読めない。
一瞬でも気が抜けない。
なんと危険な挑戦を始めてしまったのか、ケイイチは改めて認識させられたのだ。

船は進行方向に背を向けて漕ぐので、前方確認ができない。
さらに、川の流れには緩急があるので、静かそうに見える大河でも、流れに飲まれて大きく船が旋回したりもする。
少なくても、岸から一定の距離を取らなくては危険だ。

しかし、今回のことは、川下りの序章でしかなかった。

夕方になり、太陽の位置が下がってきていた。
船は順調に流されていた。
しばらく進んでいくと、前方に、川を遮るように線のようなものが見えた。
橋にしては高さがなかった。
防波堤があるとは聞いていない。
堰があるとも聞いていない。
恐る恐る、ゆっくりと近づいていくと、どうやら浮橋のようだった。
大きなドラム缶を等間隔に浮かべ、それを渡すように橋を作ると言うもの。
ドラム缶の隙間は2mほどで、船が通るにギリギリしか空いていなかった。
さらに、高さもないので、屋根のついた船で通れるのか不安がよぎった。
しかも、幅の狭いところでは水流は言わずもがな早くなる。
その早い流れに船を乗せて上手くコントロールしなくては、ドラム缶に激突してしまう。
しかし、行くしかない。
迷っている時間はなかった。
先頭からぶつかれば沈没するし、側面からぶつかれば転覆する。
やれるか、じゃない。
やるしかなかった。
オールを握る手に力が入った。

浮橋はどんどん近づいてくる。
ドラム缶がどんどんと大きくなってくる。
高さは、なんとかなりそうだった。
固唾を飲み、ドラム缶の隙間の中心に船を合わせて、できるだけ真っ直ぐに進むようにする。
ガボガボと水音が大きくなって聞こえた。
側面ギリギリ、少し擦りはしたものの、なんとか切り抜けることができた。
ふーっと息を吐いた。
ケンジくんたちの、もう一艘の船も、無事に通り抜けていた。
この先、こんな浮橋がまだまだあるのだとしたら、かなり大変なことだ。
乾季のガンジス川、気が抜けない。
川の流れは緩やかに見えるが、穏やかで優しいなんて言う生半可なものではなかった。
力強く圧倒的で、とても人間の力でなんとかできるものではない。
それを理解し、利用させてもらって、なんとか進むしかない。

傾き始めた太陽が、空をオレンジ色に染めていた。
とても綺麗な夕焼けに、しばらく時を忘れた。


1日中船の上にいて、気力も限界にきていた。
あたりが少しずつ暗くなり始め、持っていたランタンに火を灯した。
暖かい暖色の明かりに癒されていると、あっという間に闇に包まれてしまった。
目の前のランタン以外に、人工的なあかりは一切ない。
空は雲が出ているのが星は見えず、地上は黒く、水面は漆黒だった。
水面と陸地の明るさに差がなく、前方も後方も真っ暗。
気を抜けば土手にぶつかってしまうかもしれないと言うのに、先が見えない恐怖に襲われる。
しかも、唯一の明かりのランタンに、おびただしい数の虫が集まってきてしまった。
これは、明かりなどと言っていられない。
仕方なく、ランタンは諦めた。


そうなると、本当に闇の中だった。
何も見えない。
止まっているのか進んでいるかもわからないほどのスピードで、ゆっくりと進んでいるような気がする。
どちらが進行方向かもわからない・
とにかく、2隻の船が離れないようにしながら、彷徨うしかなかった。
せめて月が出て、岸が見えれば。
そう思いながら、暗闇の中を船で彷徨うのはかなりの恐怖だった。

実は出発前には、夜寝ている間も、流れに船を乗せておこうと考えていた。
そうすれば、寝ている間も進むことができる。
なんて安易だったのかと、ケイイチは深く反省した。
そんな危険なこと、とてもできるわけがなかった。

不安と恐怖の中、彷徨っていると、微かな光が見えた。
ずっと遠くのように感じるが、明かりがあると言うことは、それは岸あると言うことだ。
それが、岸の右側なのか左側なのかすらわからないが、とにかくそれを目指すことにした。
少し行くと、水面とほんのわずかに違う色が見えた。
岸だ。
ケイイチは心底ほっとした。
これで恐怖から抜け出すことができるはずだ。

これ以上進むことは危険だと判断して、船を止めることにした。
イカリの代わりに、紐の先に石を括り付けたものを水の中に沈める。
石が船底に着き、ロープがピンと張った。
しかし、石にも浮力働き、船はまだノロノロと流されていた。
石が川底で踏ん張る力よりも、水流が船を流す力の方が明らかに大きかった。
同時に、それまでゆったりと流れていると思っていた川の流れも、船の横でざーっと大きな音を立ててうねり出した。
流れに乗っていた時は緩やかに感じていたのに、逆らおうとすると恐ろしいほどの力があった。
さらに岸に近づき、かなり浅いところで石のイカリを落とし、なんとか船を食い止めることができた。

ケイイチは川下りを甘く見ていた。
エベレスト登山の、あの苦しい日々に比べたら、川下りは気楽で簡単だ、と思っていた。
が、初日にして、想像以上の困難に対面した。
果たして、海まで辿り着けるのだろうか。

ようやく眠りにつくことができた一行だったが、夜中に大変な事態に直面することになった。
初日の夜にして、船が沈没する、と言う事態に。

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