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#MTK_漂流詩 人形姫 おこり

 はじめて自分の顔にメスを入れた時、私の中には言いしれない虚無感があった。ついにここまで来てしまったのか、歪さを直視するようで涙が止まらなかったことを覚えている。
 それとも、実は嬉しかったのだろうか。
 「私」はいつもバラバラで、矛盾する感情や思考にいつも振り回されている。だから、自分のことがよくわかるけれどわからない。一個一個の部品は鮮明なのに、完成図はぼやけたままだ。
 私は私を知りたい。
 そのために、分解する。
 かわいくなくてはいけないという強迫観念と、社会から認められる存在でありたいという思い。理想と現実の両立、特別と普通の両輪、お母さんからもらった鎖に社会が打ち込んだ楔。もう私にはそれしか残っていない。何処かにあったはずの元々の私は、あまりにも大きな二つの輪に挟まれてすり潰されてしまった。
 だから、私の内側へ耳を傾けると微かに音がする。何もなくなったがらんどうは、音がよく響くのだ。その中で、私を動かすからくりは今日も鈍い音を立てる。
 同様に、鏡を見ると爛々と光を湛えた自分の目が見える。その奥で、歯車がぐるぐると。人形は仕掛けなしでは動かない。「かわいい」と「現実」、それらの価値観は今日も私に動力をもたらす。
 これが今の私。
 そしてその様を、かつて私であった何かが遠くから見つめている。希薄な現実感の中、「元々の私」の幽霊は人形の私に取り憑いてぴくりとも動かない。ただじいっと、かつて自分だったものを眺めるだけ。もしかしたら、この幽霊も含めて私と呼んだ方がいいのかもしれない。
 実際に、鏡を見ると胸が痛む。
 なるべくかわいくあろうとしている、同年代では上から数えたほうがはやい私の姿。けれど、決してお人形でもお姫様でもない自分の姿。かわいくないから苦しいのか、あるいはその足掻きが馬鹿馬鹿しいのか。それとも自分の死骸を見たくないのか。
 答えはわからないけど、とにかく鏡を見るのは嫌いだ。痛くなるから、苦しくなるから。それでも鏡から離れられない。鏡がなくてはかわいくなれない。自分をチェックできない。
「それに、女の子はいつも鏡で身だしなみを整えるものでしょう」
 これはお母さんの言葉か、それとも自分の考えか。もうその二つに差はなくなってしまった。がらんどうの中に、その音が響くだけだ。私は、鏡も携帯も手放せないでいる。

 そう、ここ十数年自分の顔を見ない日はなかった。自分の顔を知らない日はなかった。
 それがあの日、手術を終えたあの日は違ったのだ。私は久しぶりに、自分の顔を知らない、自分の現実を知らない無垢なお姫様に返った。真っ白な包帯に覆われた私の顔は、まるでベールに包まれたようで。術後の火照る肌とは裏腹に、信じられない程に冷静で澄み切った心地よさが心を包んでいた。痛くないのだ、胸が。あのざわつくような、搔きむしりたくなるような、火傷後の痛痒感にも似た感触は何処にもない。子供のように安心して眠ることが出来る。そんな夜はいつ以来だったろうか。
 そして数日後、その時出会った新しい私は、旧い私よりもほんの少しだけかわいくて、ほんの少しだけお人形に近くて、ほんの少しだけ社会がお姫様だと認めてくれる姿をしていた。
 かわいくて、現実に即していた。
 これだ。
 後天的努力によって人は何処までも変われる。新しい自分を獲得することが出来る。人間は成長する生き物なのだから。ハンディキャップを乗り越えて、苦難や試練を踏破してより良い自分を作り上げていく。これを幸せと言わずしてなんと言おう。
 その日流した涙は、術前のそれと真逆の熱さを持っていた。

 しかし、幸せは長くは続かない。
 お人形はまた私から遠ざかる、現実はまた私を遠ざける。
 なら掴み直すしかない。人間は変われる、そう気が付いたのだから。
 もっとかわいくなりたい。母がくれたお人形としての欲望。
 もっと社会に認めてほしい、皆の仲間に入れてほしい、私を弾かないでほしい。現実がくれた人間としての欲望。
 幸いにも、その二つを同時に満たす方法は存在した。とにもかくにも、かわいくなればいいんだ。人間のまま、よりお人形のかわいさに近づく。お母さんの言う特別で素敵なかわいい私、理想の私まで自分を近づけていく。もっともっともっと。そうすれば、私が私をかわいがっても誰も文句は言わずにそれを受け入れてくれる。
 私にも居場所が出来る。
 何度も努力を重ねた。メスを入れて新しい自分を手に入れた。あのベールの下で、かわいいさや美しさに永遠の誓いを捧げ、契りあった。私はかわいさと結婚したのだ。結ばれるのだ。
 成果は出た。周囲の対応が軟化する、かわいい私を認めてくれる。SNSに目を向ければよりたくさんの承認が得られた。
「かわいいですね、お人形さんみたい」
 そう、その言葉が欲しかった。
 だって、そうだよねお母さん。私はかわいくないといけないから、そう教えられてきたから。ようやく私はいい子になれた。
 だからもっと素敵になろう。
 かわいくなって、皆に褒めてもらおう。がらんどうに皆の声がこだまする。空隙をかわいいが埋めていく。私、皆に愛されてる。お母さんにも愛されてる。よかった。よかった。
 私はかわいい。
 かわいいが私の世界を包む。私はかわいいお人形になる。かわいいと溶け合って、自分の現実を改革する。もう鏡も怖くない、私の居場所はここなんだから。

 そんなある日、私は彼女と出会った。
 私よりもかわいいあの子と。




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こちらの小説は、私が海月-Mitsuki-という名義で発表した楽曲『かわいいとか病む』の世界観に基づいて書かれたものです。
もしよろしければ是非曲の方もお楽しみいただければと思います。


かわいいとか病む MV
https://youtu.be/Kpcpu-2tBvE
かわいいとか病む lyric Video
https://youtu.be/-ZyxXASl1O4

Illust & Design dir. by ABYSS:
 ​https://twitter.com/ABYSS56052854
Music production & writing. by 海月-Mitsuki-
 https://twitter.com/Mitsuki_LP
 

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