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夏を、歩く。


夕刻。
仕事が一段落し、暑さも和らいだ頃、
少し歩きたくなった。

ひなびた銭湯の駐車場に車を停め、
周辺を散策することに。

冷凍庫で凍らせたミネラルウォーターを手に
国道を一本中へ入る。
小道の先に、澄んだ、きれいな川が流れていた。
空が映りこみ、水面が白と透明に二分されている。

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透明パートにじっと目を凝らしていると、
かすかに藻が揺れていた。
地蔵川の梅花藻のように
愛らしい白い花は咲いていなかったけれど
急な流れに身をゆだねるさまは
鯉のぼりを思わせる。

小さな魚もいた。
菱形の魚が藻の間を行ったり来たりしている。


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川の前には、数軒の続き長屋があり、
立ち止まっていると、おばあさんが玄関から顔をのぞかせた。

「はあ、暑いわぁ」
おばあさんが、私に同意を求めるように微笑む。

「暑いですね」と私。

「暑い、暑いが、もう口癖になってしもて」
そう言いながら、言ったことがさも面白そうに
おばあさんは笑った。

歩きながら、「魚がいるんですね」と私。
でも、おばあさんにはもうよく聞こえないみたいだった。
ただ笑っていたので、頭を下げた。

さようなら。

朝、目が覚めて、玄関を開けると小さな川があるって、いい。
細く長く奥に露地が続いているような家で、
突き当りに小庭があれば、尚いい。
魚を焼く匂いが漂ってきそうな、細い路地。
猫しか通らないような窮屈な路地に入ると、表通りに抜けた。

ちょっとした近道になってるみたい。
表通りでは、酒屋や金物屋の主人が
夕方の風にほっとしたような表情で店じまいを始めていた。

そろそろ汗が滲んできたなと思っていたら、
ほぼいきなり銭湯に着いた。

知らない街は、思わぬところでつながっていて、
なんだか、面白い。

久しぶりに銭湯の暖簾をくぐった。
前回はたしか半年くらい前だったような気がする。
冷えた身体に熱い湯が嬉しい寒い時期だった。

脱衣所で、顔見知りの女性を見かけた。
めずらしくお化粧をしていて、髪がくるくるに巻いてある。

「お出かけでしたの?」と、私が聞くと、
 
「ううん、ずっと家にいたけど」と、ちょっと照れくさそう。

聞いた私もなんだか気恥ずかしくなって、
二人で笑った。

銭湯では、知らない人といろんな話をする。
その人独自の入浴のいろはがあるみたいで、観察していると面白い。

保冷バッグに大きなかち割氷を入れて入り、
それをときどき出して、顔に当てている人もいれば

頭から冷水と薬湯を交互にかぶる人もいた。
今日あったことを少し周囲を意識して話しているのを
ぼうっと聞くのも好き。

一日の終わりに、疲れと垢を落とし、
みんなさっぱりした顔で帰っていく。

ただ湯船につかるだけなのに
どうしてこんなに気持ちがいいんだろ。

顎の下ぎりぎりまできっちりお湯に浸かりながら、
目を瞑る。

ふいに、また歩きたいと思った。
あの川のそばをずっと歩きたい。
おばあさんはまた、微笑みかけてくれるだろうか。


帰りに顔見知りが、冷たい梨をくれた。
今朝は、その梨で目を覚ました。

子どもの頃、待ち遠しかった夏は
大人になると、あっという間に過ぎていく。

夏は、特別の季節ではなく、
四季のなかのひとつの季節になっていく。

それでも、夏のなかを歩くと、
そこここに、夏をみつけた。

今年の夏は、あなたにとって
どんな夏でしたか?


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