見出し画像

味噌ラーメンの発祥はどこ?いつ?多元的な歴史を探る。

「ズルズルッ……」

画像19

麺をすすると、口のなかに芳醇なお味噌の香りが広がる。他の味のラーメンと比べてコクが段違いに強い……!

みなさん、味噌ラーメンは好きですか?大阪の味噌ラーメン専門店『みつか坊主』でアルバイトをしております『コフンねこ』こと、わがつまです。

画像1

(写真右がぼくです。イベント会場でラーメン作り)

日本人の食生活に欠かせない「お味噌」「ラーメン」。その集合体が「味噌ラーメン」。あまりに身近すぎて、そんな味噌ラーメンのルーツ発展の歴史はほとんど知られていません。知りませんよね?

そこで!この記事では、味噌ラーメン屋さんのスタッフであるぼくが「味噌ラーメンの歴史」をめちゃめちゃ考察して語ります!!!


味噌ラーメン=さっぽろのイメージ

味噌ラーメンといえば、なぜか北海道の札幌をイメージしちゃいますよね。

画像2

(札幌の名物「テレビ塔」)

それもそのはず。札幌にはおいしい味噌ラーメン屋さんがたくさんあるし、インスタントラーメンの『サッポロ一番』は抜群においしい。

いや、実を言うと最大の理由は別に存在します。

一般的には「北海道の札幌が味噌ラーメン発祥の地」といわれているんです(多くの方がご存じだとは思うのですが……)。

~~~

最初に味噌ラーメンを生み出したのは、札幌市内の中心部にある『味の三平』さん。

画像3

(公式サイトより)

1955年に当時の店主・大宮守人氏が「ラーメンのスープを味噌味にしたら……」と思いついたのが札幌における味噌ラーメンのはじまりです。

その後、改良に改良を重ねて今にいたる、と。

※『お客さんが「みそ汁に麺を入れてくれ!」と言ったのがきっかけである』との説は、『味の三平』さん曰く「とんでもない間違い」。

驚くべきは、今の今まで続く「味噌ラーメン」のステレオタイプが発祥当時からすでに編み出されていたところです。

画像4

味噌の色をしたスープにたっぷりのラードで炒めた野菜がのる。麺は黄色いちぢれ麺。ああ、想像しただけでおいしそう……!

~~~

「じゃあ、味噌ラーメンの歴史はやっぱり札幌からはじまったんだね!」

いやいや、そんなに単純じゃないのが面白いところなんですよ。

なんと、『味噌ラーメン発祥の地』を名乗る地域はほかにも存在するんです。


山形も「味噌ラーメン」発祥の地!?

東北・山形は人口10万人あたりのラーメン消費額が全都道府県中1位の県。巷では『ラーメン王国・山形』なんて呼ばれてます。ダサいよね(※ぼくの地元です)。

で!山形も『味噌ラーメン発祥の地』と言われているんです。

~~~

山形で味噌ラーメンを編み出したのは、同県南陽市にある『龍上海』さん。

ここでは、1960年に当時の店主の息子さんが「余ったスープで造ったみそ汁」に麺を入れて食べていたことから「味噌ラーメン」のアイディアが浮かんだそうな。

そして、発祥が違えば現代の姿も違う……!

画像5

(公式サイトより)

『龍上海』の味噌ラーメンの中央に鎮座するのは特製の辛味噌。『龍上海』の味噌ラーメンが『辛味噌ラーメン』と呼ばれる所以です。

トッピングはチャーシュー・ネギ・青のり、そして辛味噌。表面に脂の膜が張っているのは札幌のラーメンと同じだけど、炒め野菜はのってません。

一つ言えるのは、山形県民が想像する味噌ラーメンといえば『龍上海』スタイルの辛味噌ラーメンってことです。逆に炒め野菜がのっている味噌ラーメンのことを「野菜炒め味噌ラーメン」と呼んじゃうくらいだもん。

~~~

札幌の味噌ラーメンが考案されたのは1955年山形で辛味噌ラーメンが生まれたのは1960年札幌の味噌ラーメンが5年ほど古いことになります。

しかしながら、その起源は同一ではありません。

『味の三平』では「味噌味のラーメンを作ろう!」といったアイディアがきっかけだったのに対し、『龍上海』ではみそ汁が誕生のきっかけです。そりゃもう全然違う。

当時は今ほど高度な情報社会ではない。したがって、1960年の時点で『味の三平』の情報が『龍上海』に伝わっていたとは考えにくい。

つまり、『「味噌ラーメン」の概念は少なくとも全国2カ所で別々に考案された』、と言えそう。味噌ラーメンは多元的に生まれたんだ……!

~~~

で、興味深いのは、「みそ汁」にかかわるエピソードの存在です。

そう、『味の三平』では「みそ汁がきっかけ」との説を大々的に否定している。それに対し、『龍上海』では「みそ汁が起源だ」と断言しています。

これ、2つの『味噌ラーメン発祥の地』の伝説がどこかで混ざっちゃった可能性があるんじゃないでしょうか?

そう考えるとめちゃくちゃ面白い。。。


元々あった「お味噌×麺」の文化

ここまで「味噌ラーメンの起源」について語ってきましたけど、そもそも味噌ラーメン以外にも「味噌」「麺」を掛け合わせた食べ物は存在しているんです。

~~~

代表的なのが、愛知県の『味噌煮込みうどん』

画像6

愛知県の名産品である陶器に、これまた愛知県の名産品である豆味噌を使ったスープを注ぎ、そのなかでうどんを煮込む。愛知県民のソウルフードです。

画像7

(「豆味噌」の仕込み風景)

そんな『味噌煮込みうどん』の発祥は明治初期まで遡るといいます。

~~~

もう一つ忘れちゃいけないのが、山梨県の『ほうとう』です。

画像8

甲州味噌を溶かし込んだお出汁で短くて太い小麦麺(?)とお野菜を煮込んだ料理。

画像9

(「甲州味噌」の仕込み風景)

江戸時代の文献にも登場するなど、本記事で紹介している料理のなかでも『ほうとう』は抜群に古いと考えられます。(多分戦国時代くらいまでは遡りそう)。

~~~

上記のとおり、「お味噌×麺」の文化は味噌ラーメンの誕生よりもだいぶ前の時代に生まれていました。特に愛知山梨ではその文化が根付いていた。

だからといって、『味の三平』『龍上海』といった味噌ラーメン発祥のお店がそれらの郷土料理を参考にしていたわけではありません。だって北海道と山形だもの。

だけど、こうは考えられます。

「味噌ラーメンがここまで広く普及したのは、みそ汁の中に麺を入れて食べる文化が古くから存在していたからだ」、と。


平成時代に『みつか坊主』が起こした革命

味噌ラーメンの文化は昭和の高度経済成長期を迎えた日本社会に広く進展していきました。

もちろん、最も広まったのは札幌スタイルの味噌ラーメンです。

画像10

たっぷりのラードで炒めた野菜が載る、パンチの効いたラーメン。コーンやバターといった北海道ならではのトッピングが増えたことも普及の要因でした。

もちろん、おいしい味噌ラーメンを手軽に作ることができる『サッポロ一番 みそラーメン』が大好評を博したことも見過ごせません。

そして、その背景には『ほうとう』や『味噌煮込みうどん』などの「味噌×麺」の古い文化の存在があった。

味噌ラーメンの誕生と普及には、こんなストーリーを描くことができそうです。

しかし、平成に入ると、こうした『ステレオタイプの味噌ラーメン』に対するチャレンジが各地で起こり始めます。

~~~

その一つが、大阪で生まれた『みつか坊主』の味噌ラーメンです。ってか、みつか坊主のnoteアカウントですからね。そりゃ触れますよ。

画像11

(第2号店にあたる『みつか坊主 醸』@梅田)

2007年に開業した『みつか坊主』。今でもその定番ラーメンは『赤味噌ラーメン』『白味噌ラーメン』『辛味噌ラーメン』の3つです。

これらのラーメンには炒め野菜も分厚い脂の膜もありません。

画像14

(赤味噌ラーメン)

『辛味噌ラーメン』といっても、山形のように別添えの辛味噌が付いてくるスタイルではない。

画像12

(辛味噌ラーメン)

『白味噌ラーメン』に至っては、使用している麺が細ストレート(味噌ラーメンと言えばちぢれ麺のイメージが強い)。

画像13

(白味噌ラーメン)

これだけでも、『みつか坊主』がこれまでの「味噌ラーメン」の常識を覆していることがわかります。

なんと、これだけじゃありません。

『みつか坊主』最大の特徴は、それぞれの味噌の特徴を推している点です。

味噌ラーメンを提供している多くのお店では、全国各地のお味噌や香味野菜をブレンドした「最高の味噌ダレ」を作ることに重きを置いています。

それに対し、『みつか坊主』では各地の『ご当地味噌』をベースにしたスープを作っているんですよ。

うまく伝わらないな……。

例えば、『赤味噌ラーメン』の場合。スープの味のベースを愛知・知多半島の『豆味噌』と呼ばれるコクと旨味が強いお味噌にする。『白味噌ラーメン』の場合は京都の白味噌『辛味噌ラーメン』韓国のコチュジャン……!

つまり、「メニューの違いは使っているお味噌の違い」

ラーメンの種類によってそれぞれのお味噌の特徴を楽しんでもらう。『みつか坊主』はそんなラーメン屋さんなんです。

~~~

ステレオタイプの札幌味噌ラーメンやインスタントの『サッポロ一番』が普及した昭和に対し、平成全国各地でさまざまな特徴を持つ味噌ラーメンが生まれた時代でした。

なかでも「味噌ラーメン不毛地帯」だった関西で革命を起こしたのが『みつか坊主』です。

画像19

今では関西の味噌ラーメン店でもミシュランなどの賞を獲得するお店が増えてきています。これは、味噌ラーメン文化が花開いた平成を象徴するエピソードですね。


令和の「味噌ラーメン」はどうなる?

昭和に生まれ、拡散し、平成で花開いた日本の「味噌ラーメン」。その背景には、古くから続いてきた「お味噌×麺」の文化や、『ご当地味噌』の存在があった。

では、令和時代の「味噌ラーメン」はこれからどう進化していくのでしょうか。

1つには、もっとご当地色が強くなっていくと思うんです。

画像16

(長野県の「信州味噌ラーメン」)

画像17

(まだまだ進化中!山形の「辛味噌ラーメン」)

画像18

(茨城でもパンチの効いた味噌ラーメンが!)

最初は全国に「札幌味噌ラーメン」が広まったけれども、平成に入ってそれは変わった。この傾向はもっと続く。そして、各地で「ご当地味噌ラーメン」がさらに生まれるはず……!

お味噌というご当地の伝統が新たな文化を生むんです。興奮しません?

ぼくはいつか、そうやって生まれた全国の「ご当地味噌ラーメン」を食べ歩いてみたいなあ。