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少女A 第11話

前回までのあらすじ
江東区で発見された女子大生の遺体は桐谷と田口に何かを言おうとしていた。いったんは自殺と断定されるが、その数ヵ月前に死亡していた女子大生が江東区の女子大生の幼馴染みだったことから事件へと発展していく。

少女A 第11話

「なぜこの子が・・・まだ未成年じゃないか」

田口が悲しそうな目をしてつぶやいた。そして何かを発見したように続けた。

「ゆう、そう呼んだんじゃないでしょうか。ゆうかではなく。ゆうかのことをゆうと呼んでいたのではないのでしょうか」

田口にしては鋭い推理だと桐谷は思った。しかし、相手が高校生となると桐谷は気が乗らなかった。まだ、未成年者だ、新聞などでは少女Aと表記され実名は明かされない。それだけ社会的責任は軽減される、そういう年齢だからだ。

「いくつだ?」

桐谷が低い声を絞り出した。田口がきょとんとしている。

「年はいくつなんだ?」

 ああ、というような顔をして田口が答える。

「早生まれなので、まだ17歳です」田口がため息をつくように答えた。
 
桐谷は肩の力が抜けるのを感じた。
 
ただ、事件当時は少女Aと報道されたとしても、永遠に世間にばれないわけではない。ただの匿名だ。就職などを機に周辺には気が付く者が必ずいる。しかも今はネット社会だ。そんな興味深いネタはすぐに拡散されるだろう。少女Aと呼ばれた時点で、将来はないも同然だ。桐谷は何か重いものを背負った気がした。
 
次の日、任意で八神優香を呼び出した。
 
取り調べを受けている八神優香はかなり緊張しているようだった。桐谷は何度ものぞき窓から様子を見るが、何かを隠しているとはとうてい思えなかった。

「荒っぽい言動は絶対にとるな」

桐谷の言葉を思い出しながら、田口が事情聴取を続けている。何かが出てくるまでは、被疑者でも容疑者でもない。まだ、何も始まっていない。
 
あの場所で何があったんだ、何をしていたんだ。とてもこの少女が楢崎琴美の失踪に関わっているようには思えなかった。これも長年培った刑事の勘だ。しかし、ビデオに写っているからには、勘は何の力も持たない。桐谷は自分の無力さを実感していた。
 
事情聴取は二時間行われたが、八神優香は緊張しながらもきちんと受け答えをしていた。
 
桐谷は別室で田口と2人きりになり報告を聞いた。

「当日は学校からまっすぐ帰り、体調がすぐれなかったのでずっと家にいたと言っています」
 
田口が慎重に言葉を発しているのがわかる。

「裏はとれてるのか」

「親の事情聴取は終わっていますが」手帳を見て、田口は意を決したように続けた。

「父親はITの会社に勤めているのですが、単身赴任中でずっと九州にいます。母親は大学病院に勤めているのですが、その日は夜勤で家にいませんでした、彼女はひとりっ子で兄弟がいません。つまり・・・」

「アリバイがないのか」桐谷が目を細めた。

「本人の証言だけです」
 
桐谷は八神優香が関与していないことを長年の勘から感じていた。本人の言ってることは本当だ。アリバイはある、目撃者がいないだけだ。

「まだ、公表はするな、犯人は他にいる」
 
発表されると少女Aと呼ばれ、明らかに彼女の将来は変わるだろう。そんなことはさせてはいけない、彼女は何もやっていない。
 
駐車場で空を見上げると、真っ黒な雲が幾重にも重なり、冷えた空気を抑えこんでいるようだった。雲の間で藤野もえが苦しそうにしている。ぱっくりと空いた手首のカッターナイフの切り口が頭に浮かんできた。
 
桐谷は、今まで自分の周りにあった何かが消え、体の力が抜けていくような気がした。


「まさ美先輩」

その声に、まさ美が振り向くとショートヘアの少女が立っていた。良く見ると、ショートヘアの少女は中学時代のバスケット部の後輩だった。

「えっと、八神」というと

「優香です、まさ美さんですよね」

笑った顔がかわいいと思った。中学時代の記憶がよみがえる。
 
藤浜まさ美と八神優香は月島のファミレスに来ていた。結局琴美は40分待っても現れなかった。八神優香も琴美に呼ばれたのだと言う。何の話だったのだろう。

待ち合わせ場所を先に去ったことはこちらが悪いかも知れない、あとでメールで謝っておこう。琴美には電話番号を教えたが、かかってくるからいいと思って聞かなかったのは失敗だった。今になって後悔が残る。

「うわっおいしそう」

優香が運ばれてきたステーキセットに喜びの声をあげる。

藤浜まさ美は、八神優香に誘われてファミレスに入った。八神優香は中学の時とは見違えるほどきれいになっていた。身長もかなり伸びていた。しかし、昔みたいな面影がない、まさ美は、優香に少し違和感を感じていた。何がおかしいのかはっきりとは分からない。

まさ美はとりあえず話を合わせようとするが、バイトのデザインの進捗が気になっていまいち話に入り込めなかった。ここは早く終わらせて帰ってデザインのことでも考えよう、そう思っていた。

「私お酒を飲んだからかな、トイレが近くなったみたい、ちょっとトイレに行ってくるね」
 
まさ美がトイレ方向に消えたのを確認すると、優香は周りを見て、自分を気にしている人がいないことを確認すると、まさ美の飲んでいたワインに何か薬物のようなものを入れた。

まさ美はトイレに入るとスマホを取り出した。もうこんな時間か、9時になろうとしていた。スマホのロックを解除する。バイトのデザインの件で連絡がメールに来ているかもしれない。そう思いスマホのブラウザーを立ち上げる。フリーメールを開く瞬間、視界に見たことのある文字が入ったのに気が付いた。ログイン画面からもう一度トップ画面に戻る。ニュースのテキストに、それはあった。

“調布市の楢崎琴美さんに捜索願”

少女A 第12話につづく

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