少女A 第4話 (読了3分)
今までのあらすじ
東京都江東区のアパートで女子大生が死体となって発見される。自殺として捜査は打ち切られるが桐谷と田口は他殺とにらみ独自に捜査を続けていた。捜査で以前にも同じ年齢の女性が自殺していたことがわかる。
少女A 第4話
さらに桐谷の触覚を震わせる情報が出てきた。桐谷は半年前に横浜で同じ年齢の少女が自殺をしていたことを知った。
なんとなくにおった。これは長年、刑事という仕事をしてついた勘だ。名前は木下佳奈美。遺書があった。自殺した場所は横浜だが、調べていくと、以前、調布に住んでいたことがわかった。さらに生い立ちを探ると、自殺した藤野もえと木下佳奈美は同じ中学校を卒業していた。捜査をしない理由はない。
「あ、そこ左に曲がったところです」
人通りの少ない閑静な住宅街の中を男2人で歩いている。見方によっては不審者に間違えられてもおかしくない。四つ角を左に曲がると、2階建ての一軒家が見えた。
「あれですね」
15年ほど前に再開発された新興住宅地。家はわりと新しめで、この辺りが開発されたと同時に購入したようだ。
呼び鈴を鳴らすと、髪の長い女性が玄関から出てきた。
「暑かったでしょ、だいぶ歩きました?どうぞおあがりください」
歓迎されるように桐谷と田口はリビングに通された。リビングの奥に畳敷きの部屋があり、仏壇が備えてあった。仏壇には笑った少女の写真が置かれている。笑った少女の写真が桐谷と田口の息を詰まらせる。2人は仏壇に行き線香をあげた。少女の写真を見て心が打たれる。桐谷と田口はしばらくの間写真を眺めていた。
「お飲み物をお持ちしますね、今日は陽射しが強いですからね、喉が渇いているんじゃないですか、冷たい麦茶か何かににしましょうか」
木下佳奈美の母親は髪が長く、上品な印象だった。母親はグラスに氷が浮いた麦茶を持ってきた。
「気を使われないでください。ちょっと話が聞けたら帰りますので」
桐谷が控えめに言った。横で田口が麦茶をすすっている。
しばらくの沈黙の後、母親が切り出した。
「ありきたりかもしれませんが、あの子は自殺をするような子ではないんです」
母親の目が2人の胸を容赦なく刺す。
「すみません、まだ亡くなって間もないというのに、このようなお話で」
桐谷が頭を下げると、田口もいっしょに目線を下げた。
「いいえ、すでに警察の方にはお伝えしたのですが、できれば犯人を見つけてほしいんです、でもこの件は終わったと言われまして」
母親が背筋を伸ばす。桐谷が連絡をとった時に、娘の顔を見に家に来てほしいと言ったのは母親の方だった。それを訴えかけたかったのだと思った。そうまでしないとつながらない、いやそうしないと前にすすまない、胸が締め付けられる。
「それじゃ、お母様は自殺だとは思っていない・・・ということですか」
声が自然に小さくなる。
「あの子が亡くなる少し前のことですが、大学のバスケット部が地域の大会で優勝したことを、あの子はとてもよろこんでいたんです。娘は試合に出てないんですが、先輩たちの功績を自分のことのように話してくれました。将来は体育の先生になると言っていました、そんな子が自殺なんか」
両手で顔を隠すようにして下を向く。理由が違うが、子供を他人に奪われた経験がある桐谷は心がはちきれそうな思いだ。
木下佳奈美は、横浜の自殺の名所と言われる橋の上から飛び降り自殺をしていた。所持していたバッグから遺書が見つかっていることや、大量の睡眠薬を所持していたこと、また争った形跡がなかったため、自殺と断定されている。家族からの申し出で報道関係には一切情報が出ていない。家族は自殺ではないと言い張っていたという。
「当時の警察から聞かれたとは思いますが、亡くなる前に気になったことなどはありませんでしたか。同じ質問でしたらすみません、警察も色々とややこしいもので」
嘘ではない。警察は個人事業主みたいなものだ。自分の手柄にしたいがために情報が共有されないのは日常茶飯事だ。ただ外からはそんなことがわからないから、警察は重宝される。
母親が何かを思い出したようにうなずいた。田口がスーツの胸ポケットから手帳を取り出した。顔つきが変わる。
「以前、警察の方が来たときは忘れていたんですが、電話があったんです、娘に」
「電話?」
「はい、佐藤さんていう人からなんですけど」
田口がメモを取る。
「でも違います」
「違うというと」田口がメモしていた手を止め顔を上げる。
「佐藤さんじゃないんです。誰からって聞くと、あの子は嫌な顔をしていました。取りつくろうように佐藤さんって言いました。でも佐藤さんじゃないんです」
「佐藤さんじゃない?」桐谷がグラスを口から離しテーブルに置いた。
「なぜ、佐藤さんじゃないと思ったんですか?」
「あの子の友達に佐藤っていう子はいません」
「それは・・・」桐谷が言いにくそうに続けた。
「お母さまが知らないだけでは・・・」
そこまで行ったところで、母親が口をはさんだ。
「ずっと私が大事に育ててきた子供です。あの子のついている嘘くらいわかります」
再び母親が顔を伏せる。
「それに、家の電話にかかってきたので、親しい知り合いじゃないと思っています」
「家の電話に、ですか」
田口がメモしていた手を止め、頭をかきながら、ため息を漏らすように言った。確かに知り合いなら携帯の番号を知っているはずだ。
「どこかで会う約束をしていたのは聞こえていましたので、その電話の後に会っていると思います、もしかしたらあの日かも知れません」
家の中は水を打ったようにとても静かだ。3人の声だけが、風に乗って家の壁に吸い込まれていく。
「その電話は亡くなる前日のお話でしょうか?」
「それが、2週間くらい前でした。間が空いていたので以前に警察の方とお話しした時は忘れていたんです、その後あの子は何も言わなかったですし、もう少し、私が、話をきいてやっていれば、こんなことには、ならなかったんです」
思い出しているのだろう、こらえようとする気持ちが、今にもこぼれそうな涙をやっとささえている。
「この子をご存知ですか」
桐谷は江東区で自殺をした藤野もえの写真を見せた。母親は目頭を抑えていたハンカチを離すと写真を覗いて、目を細めた。数秒間眺めると口を開いた。
少女A 第5話に続く
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