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真夏の青と白 第3話 完結編 (全3話)

真夏の青と白
第1話
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第3話 完結編

「何かほしいものないか?」

変な質問だな、ショーケイは思わず口にして自問した。子供を見送る親の気持ちってこんな感じなのかな。

「何もないよ。なに湿っぽくなってんだよ。留学するんだから笑顔で見送ってくれよ」

「そうだよ、ショーケイは感情の起伏が激しすぎるんだよ」

タイシが真顔でそう言った。

トモヤの出発までの日々はあっという間に過ぎた。その間、相変わらず週末にはユウカ達が海の家に遊びに来ていた。

少しだけ変化があった。ショーケイとユウカは付き合うようになった。2人でいっしょに江の島でデートをした。その帰りにユウカからキスをされた。

「これでショーちゃんは私だけのものだからね、お店にきた女の子にうつつを抜かしたらただじゃおかないからね」

「俺はそんな男じゃありません。バイト忙しいし」

付き合い始めたこと以外は、いつもの日常を過ごしているはずだが、トモヤの出発のことが頭から離れないまま時間を過ごした。

見送りに来た羽田空港は旅行客で何かのイベントのように賑わっていた。

「これでしばらく会うことはないな」

そう言ったショーケイの胸の中は寂しさしかない。

「正月には帰ってくるよ」

ショーケイとトモヤとタイシは羽田空港のベンチに腰かけていた。何かを言うたびに空気が薄くなる。出発ロビーはとても広いのに、3人がいる場所だけが切り取られているようだ。

「そろそろ行く」

バッグを手にトモヤが立ち上がった。

「アメリカでもトップとれよ、俺たちの分も」

そう言ってタイシが右手を出す。トモヤも握り返した。

「当たり前だ、そのためにアメリカに行くんだから、一番じゃないと意味ないだろ」

「正月待ってるから」

「ああ、その時はあの彼女紹介しろよ、ショーちゃん」

トモヤの冗談にショーケイは感極まって涙があふれだした。

「ショーケイ、タイシ、元気でな。また3人で花火を見に行く日を楽しみにしているよ」

その言葉にショーケイは肩をゆすって泣いた。

「ああ」

あふれ出した涙は留まることを知らないように次から次に流れた。トモヤはショーケイとタイシと交互にハグをした。

「じゃあいくな」

「トモヤ、元気でな」

「トモヤ」

「トモヤ」

ショーケイとタイシは名前を呼び続けた。トモヤは背中越しに右手を挙げた。トモヤは通路を一度も振り返ることはなかった。

「じゃあ俺、昼からバイトだから」

「ああ、俺一人でも遊びに行くから、その時は彼女を紹介しろよ」

トモヤが行ったあと、ショーケイとタイシは軽く言葉を交わし別れた。

海の家に行くと人だかりができていた。

「どうした?」

別のアルバイトを捕まえてきいた。

「店を襲撃されてる」

人だかりを押しのけて店に入った。

「お前んとこの仕業だろ、あの土地はうちの組が抑えてたのを知らなかったとは言わせない」

やくざ風の男が3人で雄二と対面していた。

3人組の1人は金属バットを持っている。その腕には笑ったマリリンモンローの刺青が入っている。その横にちょびひげの痩せた男、そしてもう1人は20歳くらいのヤンキー風の男だ。

いくつかのテーブルはひっくり返り、そこら中に焼きそばやビールが散らばっている。

「だから、あれは裁判で解決したじゃないですか」

雄二はいたって冷静に見えた。

「雄二さん」

「ああ、お前は引っ込んでろ」

雄二から制されショーケイが黙る。

「だから落とし前の問題なんだよ、挨拶ひとつもなくあの土地を手に入れられると思うな」

「もう終わった話です、ここは引き取ってください。それと店もこんなですから賠償金を請求します」

「なんだと、あそこは上田組のシマなんだよ、よそ者が入ってこれる場所じゃないんだよ」

「だからそれは裁判で」

そう言った瞬間、やくざの一人が金属バットで雄二に殴りかかった。雄二は一瞬でよけたが、バットは側頭部をかすった。かすったように見えたが当たり所が悪かったのか雄二はそのまま前向きに倒れた。

「雄二さん」

下からのぞき込むと、雄二の後頭部から大量の血が流れ出ている。

「お前、雄二さんになんてことを」

とっさにショーケイがバットを持った男に飛びついた。

「なんやお前、死にたいんか」

すぐに態勢を入れ替えられ、ショーケイが3人組に殴る蹴るの暴行を受ける。ショーケイが懸命に床をはってキッチンに行く。

「おい待て」

キッチンで包丁を手にしたショーケイは、振り向きざまに追いかけてきた男の懐に飛び込んだ。

「なにすんねんガキが」

そのは刃先は刺青の男の脇腹に刺さっていた。赤い血がたらたらとこぼれ落ちる。思ったより血液ってやわらかいんだな、そんなことが頭を回っていた。

「おい救急車を呼べ」ちょび髭の男が叫んだ。

「もう呼んでます」

アルバイトの一人が雄二が殴られてすぐ救急車を呼んでいた。

男は脇腹に包丁が刺さったまま立ち上がる。包丁の脇から血が流れ落ちる。まるでゾンビが立ち上がってきたようだ。

「きさまー」

包丁をさされても意識はあるみたいだ。男がショーケイに寄ってくる。

「やめなさい」

ショーケイが振り向いた先にユウカがいた。

「アネキ」

ちょび髭の男がユウカの顔を見て確かにそう叫んだ。

アネキ?ショーケイは頭が真っ白になったところで、駆けつけた警察官に取り押させられた。視線の先でマリリンモンローが笑っていた。


「ちょっとショーちゃん、間に合うの?」

ショーケイはテレビでユーチューブを流し、接続した音響のスピーカーで音楽を聴いていた。

ショーケイが海の家でバイトをしていた時によく有線で流れていた曲だ。遠い記憶をたどり、ショーケイは懐かしさに浸っていた。

あのあと山岡組が上田組に土地を返還するという形で話を収めた。雄二は額を切っただけで命に別状はなかった。包丁がささったヤクザも生き延びた。

ユウカは上田組組長の娘だった。刺された男はユウカの弟分になる。ユウカが警察と上田組に話をつけたおかげで、ショーケイは何もおとがめなしで終わった。

ショーケイとユウカは5年後結婚した。今は3人の子供に恵まれた。

「この曲この前も聞いてたでしょ、哀しくてジェラシー。私初期のチェッカーズで一番この曲が好きかな」

「あの頃よく流れていたからな、俺にとっても、この曲は思い出の曲だよ」

あの夏、ユウカがミユキたちと待ち合わせて行ったフェスの夜の部。チェッカーズの出演に合わせて行ったということを後で知った。

「やくざの娘もチェッカーズ聞くんだな」

「当たり前でしょ、あの頃、街を歩けば男の子はみんなチェッカーズファッションだったわ。哀しくてジェラシーなんてベストテンで3曲同時ランクインした最後にリリースされた曲なんだから。それにしてもこの曲はおしゃれだよね」

ユウカも思い出をたどっていた。

ショーケイは今年60歳になる。ユウカは3歳年上だから63歳だ。

大学在学中にショーケイは弁護士資格を取得したが、小説で新人賞を取り、小説家に転身した。2作目が直木賞を受賞し、今は安泰の生活を送っている。雄二は金子リゾートの会長までのし上がった。今でも交流はある。

トモヤは応用物理学の分野で2回ノーベル賞候補に挙がったがまだ受賞はない。彼ならそのうち受賞するだろう。タイシは三友総研所長になった。今は時期所長出現待ちだ。次の担い手が現れない限り引退はしないつもりだと言っていた。

ユウカは上田組組長の娘だが、組の仕事とは全く縁を切ってしまった。かといって仲たがいはしたわけではないから平和だ。

「愛、され、てる、のに、いけ、ないユアハート。男と女はすれ違い 始めて本気で愛したのに」

チェッカーズのダイジェスト版で哀しくてジェラシーの映像が流れている。衣装は全身青か全身白のどちらかだ。チェッカーズがかぶるシャワーキャップみたいな帽子がおしゃれだった。青と白、あの頃ときめいていた色。

「ショーちゃん、もう出るわよ。待ってるでしょ」

今日は多摩川の花火大会だ。トモヤとタイシが5時半に多摩川駅で待っている。

”2つの寂しさ重ねたらwow wowジェラシー”

人はいつも、いくつかの寂しさと共存しながら生きているのかな、ふと思った。

「じゃ行くよ、あー楽しい」

玄関を出るとユウカがショーケイの腰に手を回してきた。

真夏の青と白 了


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