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少女A 第6話

前回までのあらすじ
東京都江東区で女子大生、藤野もえの死体が発見される。さらに数ヵ月前に別の場所で自殺した女子大生が藤野もえの幼馴染だったことがわかる。その母から聞いた話では中学の時に不慮の事故でなくなった友人の存在がわかった。

少女A 第6話

「どうか娘のためにお願いします」

そう言いながら母親は笑顔をつくったが、笑った口の端が震えていた。

外に出ると、風が吹いてコートの襟が揺れた。風は湿った感情を乾かすように吹きつけてきた。住宅街の道路を学校帰りの子供や、自転車に乗った主婦などが行きかっていた。木下佳奈美も生きていたら、今頃この風の中を歩いていたのかも知れない、そう思うと桐谷は胸が熱くなった。

江東区で藤野もえの死体を見た時と同じだ。桐谷は木下佳奈美の母親と会って、そう感じていた。本当に生きていたかった。自殺じゃない。暗い闇の中から少女たちが生きているように語り掛けてくる。気というものが存在するなら気に押しつぶされそうになる。

必ず犯人を見つけ出してやる、桐谷は強く心の中でそう誓うと、藤野もえの顔が頭に浮かんできた。その顔はとても悲しそうだった。

「桐谷さんこれ見てください」

田口が宝でも見つけたように目を輝かせている。曇っていた視界が一気に晴れる。

田口が持っていたのは、当時のバスケット部員の名簿だった。指をさした箇所に「滝川ゆう」と記載があった。

 一歩すすんだ、そんな気がした。

「隣の部屋の女性が聞いていた“ゆう”という女です」

声が震えている。

桐谷と田口はすぐに滝川ゆうを探したがその足取りはどこかで消えていた。行方不明か?嫌な予感が桐谷の頭をよぎる。行方不明なら、藤野を殺して逃げているのか、それとも他に表に出られない何かがあるのか。二人はバスケット部の元メンバーをしらみつぶしに当たることにした。

車のフロントガラス越しに、田口が高校生らしき少女と話している姿が見える。

「偶然いただけなんだね」

田口が念を押した。

「はい、事故は見ていません」

ショートヘアで色白のかわいらしい顔をした少女が答えた。端正な顔立ちをしている。遠目から桐谷は、自分の今はなき娘を思った。生きていたらあれくらいかわいくなっただろうか。

「ありがとう」

礼を言うと田口は桐谷が待つ車に走った。

「今の子が、宮野美紀の交通事故の現場に遭遇しています」

「現場に?」

「はい、宮野美紀が事故に遭った時、近くにいたようです。木下佳奈美や藤野もえたちも近くの公園にいたと言っています。ですが、事故そのものは見ていません」

田口が手帳を見ながら言う。

「バスケット部の後輩か」

「はいそうです、当時中一だったそうです」

「滝川ゆうとの関係はどうだ」

「2つ学年が違うので、滝川たちが中学を卒業してからは全く連絡は取っていないそうです。また、滝川ゆうが誰かと揉めていた形跡はないようです。みんな仲が良かったと言ってます」

「ケンカの件は何かわかったか?」

「いいえ、バスケット部はみんな仲が良かったそうで、仲たがいするようなケンカは記憶にないと」

「部員同士で揉めた形跡はない、か。今の子は何ていう子だ」

 桐谷がマーカーを右手に名簿を開く。

「えっと」田口が手帳をめくる。

手帳には走り書きで名前がいくつも書いてあった。

「八神メイヤです。藤野もえたちの二学年下ですので、今高校三年生です」

「今の子たちは外人の名前とかわらないな、こんな名前が流行ってるのか」

そう言いながら桐谷が、名簿の八神メイヤという名前にマーカーを引いた。

田口が片手で手帳を広げる。

「それから楢崎琴美という、やはり藤野の同級生に連絡がつきません、それで、今朝、青山さんから連絡があったのですが、楢崎琴美の捜索願が出されているとのことです、この件と関係があるんじゃないかと」

「つながるといいが、捜索願いが出されたところで自殺と関係あるとは言えん、何も出てきていないからな。ただ、自殺者と行方不明者はいずれも元バスケット部だ、何かあるはずだ、このままバスケット部を当たるぞ」

桐谷がそういいながら名簿に目を落とす。

「バスケット部で当たってないのはあと何人だ」

桐谷が名簿に書いてある名前を数え始めた。桐谷が数え終わる前に田口が答えた。

「11人ですね、当時はバスケット強豪校で人気があったらしいですから、結構いますね」

「まだだいぶかかるな、滝川ゆうの情報が出てくるといいが」

滝川ゆうまでたどり着けば何かが出てくる、そう思っていた。

しかし、そう簡単には話は進まなかった。滝川ゆうは行方をくらまし、随分前から大学に行っていないことがわかった。一人暮らしをして、普段からあまり親と連絡をとっていなかったため、親は行方不明になっていることに気が付いていなかった。

滝川ゆうはどこに行った。なぜ藤野の部屋に指紋が残っていない。実質何も進展していない。桐谷が頼っているのは自分の勘だけだった。

少女A 第7話につづく

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