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日記 第11話(読了3分)

前回までのあらすじ
妻と離婚をし、仕事も長期休暇に入った西澤祐樹は一人でいることに耐えられず結婚相談所を訪れた。相談所から日記をつけるように言われる。日記の内容をもとに相性の会う人を紹介してくれるようだ。そんな時、外出先で吉田夫妻と会い、人と関係することの良さを再確認するのだった。

日記 第11話

「えへ、きちゃった」

まるで彼女が突然彼氏の部屋に来た時のようなセリフを言うと、その女性は祐樹を押しのけずかずかと奥に入って行った。

「ちょっと、すみません、どちら様でしょうか」

コートを脱いでサングラスを外した女性は結婚相談所の三上さんだった。

こういうシステムだったっけ。結婚相談所での会話を思い出そうとした。もしかして、紹介してくれるっていう年上の女性って三上さん自身なのか。

三上さんは抱えてきた機材を組み立てると「さあやるわよ」といってコードの端をコンセントに差し込んだ。

「あの部屋ね」

三上さんは隣の寝室まで移動すると手元のスイッチを入れた。グオーン、ものすごい音が部屋中に響き渡った。

「さあ、こい、今日は私が相手だ」

機械は掃除機の形をしているが、ホースの部分が通常の5倍くらい太い。本体もよくこんなもの持ち歩けたなと思えるくらい大きい。三上さんはホースの先を寝室の空間に向けている。

「うおりゃー」

三上さんが声を上げてホースを振り回している。部屋中の邪気を吸い取っているのか。

「犯人はお前かー」

そう言い、三上さんは部屋の壁にかけたままになっていた千沙のカーディガンにホースの先を当てた。

「あっ、それは」

祐樹が思わず手を伸ばす。カーディガンは漫画の吹き出しのような形になって、ホースの中に姿を消した。

「よっしゃ」

そう言うと三上さんはウォークインクロゼットを開けた。そこにはまだ千沙の洋服がたくさん積まれている。

三上さんがキョロキョロとクロゼットの中を物色している。ワンピースに狙いをつけたところで、祐樹が割って入った。

「これはちょっと」

そう言ってワンピースをつかむが、上半分の部分がすでにホースの中だ。

「ちょっとだめですよ」

祐樹はそう言って必死で引き出そうとするが、抜けそうでなかなか抜けない。一瞬抜けそうになって、すぐにホースに引き込まれる、こんなやり取りが何回か続いた。

「だめよ、どきなさい。全てを消し去るのよ」

まるで狂気の沙汰だ。俺たちは何をしているのか。ホースを間に格闘しているだけだ。三上さんがホースを上下に動かすと、ワンピースは力を失ったように祐樹の手から抜けると、するするするっと機械の中に吸い込まれていったのだった。祐樹もその場に座り込んだ。

終わった。洋服も形を失うことがあることを知った気がした。どうでもよくなった祐樹はリビングに戻り椅子に腰かけて様子を見ることにした。

三上さんはクローゼットにあった千沙の洋服を全て吸い取ると、その他の部屋やバスルーム、トイレなどで同じことを繰り返し、リビングに戻ってきた。

「これでもう幽霊が歩き回ることはないわね」

そう言いながら機材を片付けている。その表情はとてもすがすがしそうだ。

「本当に吸いにきたんですね」

「当たり前よ、お客様の悩みを解決するのが私たちの仕事よ、あ、これはサービスだから」

三上さんがコートを羽織り、サングラスをかけ、玄関まで歩いていく。機材の重さで右に左に揺れている。気をつけてください、後ろから声をかけながら玄関まで着いていく。

「じゃあ、また」

三上さんが笑って手を振った。つられて手を振った。

「ありがとうございました」

自然に出てた。

「日記は続けてね」

三上さんは子供のようなまなざしでそう言って部屋を後にした。玄関に三上さんのいい匂いだけが浮かんでいた。

リビングに入りソファに座って周りを見渡した。部屋が想像以上にすっきりした気がした。キッチンに立ち、冷蔵庫に貼ってあるメモを自分ではがし、ゴミ箱に捨てた。部屋には千沙の残していったものは何もなくなった。怨念も消えてしまったのだろうか。祐樹は久しぶりに照明を消して寝ることにした。

「加登谷智子と申します」

ショートヘアの女性が頭を下げる。笑顔がこぼれ落ちそうだ。

三上さんはいつもの部屋で女性を紹介してくれた。年齢は45歳と聞いていたが39歳だった。どこで間違ったのかはわからない。ギリギリ40歳になっていないというので、少し安心した。なにしろ祐樹は年上と交際したことがない。

自己紹介を終え、三上さんから細かいルールの説明を受ける。一通り説明が終わると、2人だけの時間を作ってくれた。

「こうやって会うのは初めて?」

細い声だ。笑顔と声が心地よく入ってくる。。40歳前にして肌のハリは20代のようだ。大きな目が印象的で、鼻筋が通りきれいな顔立ちをしている。

「はい、だから要領がよくわかっていません」

「私はあなたが2人目」

違う意味のことを言っている感じがして少し心臓が鳴った。

日記 第12話に続く

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