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救済して 前編 読了5分

あらすじ
近所に開業したクリニックが撮ったと思われる盗撮ビデオが出回っている、藤本美咲の情報に心が動いた花山玲。そのクリニックの開業医は花山玲が学生時代に家庭教師のバイトをしていた時の教え子であるコウタだと思われる。藤本美咲、花山玲、吉井奈央の3人はコウタを更生させるために立ち上がるが…。

救済して

 花山玲はカップに残っていたコーヒーをひと口飲みこんだ。

 ホットコーヒーが冷たく感じる。すでに吉井奈央たちと話を始めて二時間が過ぎようとしていたが、時間のたつのも忘れて話に聞き入っていた。
 十月になると子供の中学受験準備も佳境に入り、子供も親も神経質になる時期だと思うが、三人の母親が集まると話が弾む。花山玲は三十五歳、吉井奈央は三十七歳、藤本美咲が三十八歳だ。

 コウタが隠し撮りをして、映像をネットにアップしている?
 長女を二年前に有名私立中学校に合格させた実績のある吉井奈央が、毎日の勉強法や夜食の内容、土日のスケジュールの立て方なんかを披露してくれたというのに、ちょっと挟んだ藤本美咲の話が気になって花山玲の頭には全く入ってこなかった。

 花山玲と吉井奈央、藤本美咲の三人は、同じ小学校の六年生に男の子供を持ち、そろって中学受験をしようとしている。月に二回ほど公開模試が行われているが、この日は自宅から一時間くらいの場所にある大学が試験場だった。

 小学六年生でもよほど見知った場所でない限りは試験場まで親が同伴する。午前中で試験が終わるため、一回自宅に帰ってもすぐに出直してこなくてはならない中途半端な距離の場合、たいていは試験場の近くのカフェで時間をつぶすことになる。

 話を仕切っているのは歳が一番上の藤本美咲ではなく吉井奈央だ。受験生を持つ母親の中では、上下関係は年齢通りにはいかない。

 初めての受験で子供をどうしても合格させたい母親にとっては年功序列など男の世界のことで、もと教師ですでに長女を有名私立中学校に合格させた実績がある吉井奈央が、ママ仲間が集まると自然と会話の中心になるのは自然の流れだった。

 国立大学を出た玲でさえ、子供のこととなると自分が思うようにはいかない。他の学年でも毎年こういった現象は起きているのだろう。

 コウタ、あの時のコウタだ。
 吉井奈央と藤本美咲は結婚をして東京都港区芝の住人になった。たまたま子供が同じ小学校に通っている縁で話をするようになったが、玲は学校の近所にもともと実家があり、玲自身も子供が通っている小学校を卒業していた。

 夫が養子に入ったわけではないが、夫は地方出身で、毎日会社に通勤するのにも都合が良いため玲の実家に一緒に住むようになった。すでに妻を亡くし独り身になった玲の父親にとって四LDKの部屋は広すぎる、お互いの需要がマッチしたのだ。おまけにマンション一棟まるごとが、不動産会社を経営していた玲の父親の名義のため、一人っ子の玲の家族があとを継ぐことを考えると同居は自然の流れだった。

 白金クリニック、近所にある産婦人科だ。白金康太、玲の教え子“コウタ”昔はそう呼んでいた。コウタが隠し撮りをしている?

 玲が大学時代、あれは二十一歳の時だったと記憶している、まだ若かった。コウタは高校一年生。自宅から大学に通い、コンビニやファーストフードみたいな接客業をしたくなかった玲は、地元で家庭教師のアルバイトをしていた。

 コウタは物覚えが良かった。玲が解けるはずがないと思った数学や物理、化学の問題を次々と解いた。理系の問題が得意だったコウタは医者の資質は親が心配しなくても十分ある、玲は当時からそう思っていた。父親が大手製薬会社で新薬の研究をしているコウタの家では、コウタが医者になるのは当たり前のことだったのかもしれない。
 コウタは高校二年の夏になると親の転勤で関西に引っ越しをした。家庭教師と生徒という関係だったから、それっきりコウタとは連絡をとる理由がなかった。

 コウタが医者になって玲の地元にクリニックを開業したのは知っていた。白金クリニック、院長の名前がコウタ、クリニックと同じビルのコンビニで見かけた白衣を着た男性がコウタだと気が付いたのは半年ほど前だ。コウタなら二十九歳、見た目も年相応だと思った。だが、クリニックに行って話をするような仲でもないと思っていた。

 自分が生まれ育った地にクリニックを開業、珍しいことではないだろう。
「今度、映画を見に行きませんか?」
 家庭教師をしている時に玲を誘ってきたコウタは、親の期待を背負ったストレスと戦っていたのではないか。
「いいよ」
 コウタが見たいと言った映画は「世界の中心で愛を叫ぶ」だった。てっきりスパイダーマンⅡだと思っていた玲は、事前にスパイダーマンを見て予習をしてきていたから、肩透かしを食らった気になった記憶がある。
 映画を見終わったあと低価格のイタリアンのお店に行き、見てきた映画の話をしながら二人でサラダやパスタを食べた。大学生だった玲だけが、あまり酒は飲めないのに思い切って白ワインを飲んだ。白ワインをメインイベントにしてデートは終わりを告げた。
 玲でさえ、ろくに男子生徒とデートにいったことがなかったから、それはそれで甘酸っぱい思い出だった。

 コウタが院長をしている産婦人科のクリニックで盗撮が行われているかもしれないという情報を持ってきたのは藤本美咲だ。

 藤本美咲は大手の映像会社に勤めている。最近請け負った仕事で得た映像に、ある産婦人科でとられたという映像が入っていた。その映像をもとに産婦人科医のドキュメンタリーを撮るという企画だったが、たまたま紛れ込んだと思われるある映像の内容は、どう見ても違法映像の疑いがあるために企画つぶれになっていた。

 たまたま紛れ込んだのか、実際にそのような犯罪が行われている病院なのか、不明のままだ。普通であればそのような映像はとがめられるべきだが、撮影のほとんどを外注している藤本美咲の会社にとっては映像を提供してくれる会社を訴えることはタブー、そんな面倒なことをしている時間があるなら、次の仕事にとりかかる。それが当たり前の世界のようだ。

 クリニックの内装と医者の後ろ姿を見てピンときた、という藤本美咲が見せたスマホの動画では、診察台の上で足を開いた女性にいたずらをしている医者の背中が映されていた。企画物なのか、実録なのかはわからない。内装も医者も白金クリニックのものに違いない、藤本美咲が目を輝かせている。

 吉井奈央から呼び出されたのはそれから四日後、木曜日の午後だった。結婚と同時に仕事を辞めて子育てに専業できる身分にある玲と吉井奈央、子供が帰ってくるまでの時間二人でお茶をするのは珍しいことではない。そこへ有給を取っていた藤本美咲が加わっていた。

「白金クリニックの先生って昔、芝に住んでたらしいわよ、花山さんて子供の頃から芝なんでしょ、白金先生と面識はないの?」
 どこから聞いてきたのか、吉井奈央はコウタが芝の住人だったという情報を仕入れていた。

「年がだいぶ違うみたいだから、よくわからないわね」
 知人だと知られると話がもっとややこしくなる気がして、とっさに玲はごまかした。

「私もあれからもらった映像確認してみたけど、ほぼ白金クリニックの先生で間違いないわね」

 吉井奈央もあの後、クリニックの映像に興味を持ったようだった。

「そこで、白金クリニック救済作戦を立てようと思うんだけど」

 吉井奈央が提案した救済作戦とはこうだ。

 吉井奈央、玲、藤本美咲が同じ時間帯にクリニックに予約を入れ、当日は二、三分おきくらいの間隔で三人はクリニックを訪れる。

 一人が隠しカメラを装着したバッグを持ち、診察を受ける。カメラからの映像を待合室で残りの二人が受信し、隠しカメラや怪しい行動を発見次第、診察室に入り取り押さえる、というものだった。

 コウタが、もう盗撮をしないと約束をするなら警察には突き出さない、あくまで平和的に解決するという作戦だ。

 しかし、問題は誰が診察台に乗るかということだ、今さら妊娠もしていないのに二十代後半の若い男性に大事なところを見られたいとは思わない、しかも、相手はいたずらに見ている可能性がある。

救済して 後編へつづく

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