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リビングの女王 第1話(読了3分) 全3話

「じゃあ、何が悪いんだよ」

 俺は必至で抵抗していた。こんな話今更って気がするけど、ことは昨年の平昌オリンピックが全ての始まりだった。

仕事柄、俺は平昌オリンピックに行くことになり、偶然買い物に行っていたショッピングモールでばったり日本代表の選手団と遭遇し、以前から面識があった氷の女王と呼ばれる金メダリストの池ノ上麻衣子ら一行に写真を撮ってもらったのだったが、その写真が知らない間にネットに流出したみたいで、熱烈な麻衣子ファンから俺はバッシングされ、池ノ上麻衣子のツイッターが炎上し、日本選手団のホームページがダウンするといった前代未聞の事態にまで発展してしまった。

スポーツ新聞では「盤石の氷にも割れ目か」とか「本当に滑った女王」や「これは氷山の一角か」などといった、池ノ上麻衣子を揶揄する記事が氾濫した。

 俺の名前は水上雪弥といって、度々スポーツ記事を寄稿しているのだが、スポーツ記事を書く仲間の中で少しは名が知れている位置にいたのが災いして、俺のことを知っている炎上好きのブロガーは俺に非難を浴びせ続けた。

 スポーツライターをしている俺はプロ、アマ問わず、日頃からスポーツ観戦に行って、多くの人と話をし写真も撮っていた。池ノ上麻衣子と肩を組んだといっても二人きりではなく、そこにいた選手全員で肩を組んでいたのだが、たまたま俺の隣が池ノ上麻衣子という超人気の金メダリストだったというだけで大ニュースになった。最初は仕事の延長線上に過ぎない感覚でいたのだが、こういう役得があるからこそ、あの写真はまずかったと後になって後悔したのだった。

 俺は、池ノ上麻衣子にメールと電話で謝罪をし、本人からも気にしなくて良いからと直接返信をもらって、なんとか気持ちは落ち着いていたが、その返信も流出するのではないかと正直言って一週間は胃が痛かった。

 事件当時、俺はまだ独身で、富乃山笑美という女性とそろそろ結婚をする話になって、彼女の親と会ってきたばかりの直後のできごとだったから、正直結婚も危ういかなと内心焦っていた。

 彼女の父親は上場を控えるIT企業の社長という、今どきの時代の先端を行くお家柄で、家に行った際に

「君の活躍はネットなどで知っているが、プライベートは何も問題はないんだろうね」

 と父親から念を押されたばっかりだったので、正直、騒ぎになった時にはビクビクしてはいたが、ただの仕事上の付き合いだという俺の説明に父親は納得してくれたようだった。

 笑美もそのことについては笑って話を聞くだけで、仕事上のつきあいだけでそれ以上の感情は何もないし、それが結婚に影響するわけがないと分かっているようで、事件の後、結婚の打ち合わせや、買い物なんかで時間が過ぎ、半年後俺たちは無事結婚したのだった。  

 しかし、悲劇というものは突然やってくるものだ。結婚して三ヵ月くらいたった時のことだった、俺は事件のことは忘れていたし、笑美との生活を楽しんでいた。新しい発見や、平凡な日常を幸せだと感じていたところに、突然それは起きた。

 俺はその時ソファーに座り、カメラマンが撮影してきた少年サッカーの試合のビデオをチェックしようとしていた。東京都内にある小学生のサッカー大会のビデオを見て、戦術を分析した記事を書き、来週アップしなければいけなかった。俺は実際に試合を見たわけではないので、ビデオを細かく見ないと戦術がわからない。試合を録画したDVDをセットしソファでリモコンをいじっていると、いきなり笑美はあの時のことをぶり返し始めたのだった。

 やはりあなたはダメなのよ、チャラチャラしてるから、ネットでバッシングされるのよ、あーもう心外、論外、想定外などとあまり面白くもないダジャレみたいなことを楽しそうに言って、怒りをあらわにしたのだった。あまりに楽しそうに笑っていたので、俺は最初、彼女が怒っていることに気がつかなかった。

 俺が意表を突かれて呆然としていると、笑美は持っていたロープで俺を縛り始めた。こんなロープが家にあったのか、などとぼんやりと考えている間に、笑美はテレビのリモコンを持ったままの俺をロープで縛り上げると、今度はソファーの手すりや背もたれにもロープを回し、あっというまに俺はソファーにくくりつけられ身動きできない状態になっていた。タイから輸入したアジアンテイストのソファは、木製の細い手すりだったのでとても縛りやすそうだった、というより縛るためにできているのではないか、という気もした。こだわってわざわざ輸入したのが間違いだった、と思ったが手遅れだった。

「何するんだよ、こんなことして、しかもなんでこんなにロープの扱い慣れているんだ」

「そんなこと、どうでもいいのよ、それより、何よ、いい気になってバッシングされてるんじゃないわよ、しかもヘッポコ記事」

 というと笑美は一旦部屋から出ると、わきにサッカーボールをはさんで戻ってきた。笑美は笑っていた。

「PKってこれくらいの距離なの?」

 と言いボールを置くといきなり蹴った。ボールは俺の顔をかすめてソファの背もたれにぶつかり、バシッという鈍い音をたてた。

「うわ、あぶなっ」

 俺が思わず叫ぶと

「これくらいの距離かって聞いてるのよ」

 と再びボールを置いて俺に向かって蹴ろうとしたので、俺は必死で返事をした。

「はい」

 と言った瞬間に笑美が二発目を蹴った。体重が乗ったボールは見事に俺の顔面を強打した。

「おい、やめろ痛いだろ」

「痛いのは私の心よ」

 というとまたボールを蹴ってきた。三本目は外れた。こんなに近くても外すのか、と思ったが口に出すのは控えた、笑美はコントロールが悪いが、蹴ったボールが当たるととても痛かった。

リビングの女王 第2話につづく

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