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PS.ありがとう 第2話 (読了3分)

「はいはい一緒に寝ようね」

そう言って床に入り横になると、ものの3分で寝てしまうから楽だ。

そろそろ祐輔が帰ってくるころだ。このご時世に終電で帰ってくるような仕事があるのだろうかと、つい疑ってしまうが、本当らしい。

美羽が寝静まるのを確認した瑤子はキッチンに立ち祐輔の夕飯を温めなおす。遅い時間だから小皿分のおかずと茶碗半分ほどのご飯、豆腐くらいあれば祐輔は満足する。それ以上だとどうせ残すから、いつも自分達が食べた残り物を皿に盛るだけだ。

いつからこうなってしまったんだろう、思わずため息をついた。

結婚したばかりの頃は毎日とは言わないが週に二度三度は早い時間に帰宅しいっしょに食卓を囲んだ。主人の帰りを待つ時間はときめくときもあったはずだ。茶碗にラップをかけながら、遠のいた時間を愛おしく思った。

冷えた気持ちのままソファに腰を降ろす。主人、旦那、夫、思ったより呼び名が少ないんだなと思う。

「ただいま」

「おかえりなさい」

きっと飲んでいるんだろうなあ、そう思いながらキッチンに向かう。

主人の顔色を窺っているわけではないが、つい気を使ってしまうのは、長年培われた習性なのだろうか、そして他の家庭もそんなことを探り合いながら生活をしているのだろうかと考えてしまう。

「ごはんにする?」

控えめに聞くと

「お風呂にする?それとも寝る?おい」祐輔が自分で逆を言って突っ込む。

つまらないジョークを自分で突っ込むのも祐輔の癖だ。そういう時は心地よい。すーっと体が楽になる。同時に家の中が広くなったようだ・

「んーーーじゃあ食べて」

「わかりましたよ-」

そう言って素直にテーブルに着き、晩御飯を食べてくれるのはありがたい。そうしてくれるだけでも遅い時間に準備をしたかいがあると思う。

心もとない一人の時間を過ごすとマイナスなことばかりが浮かんでしまう。どうなんだろう自分の人生、そんなことまで考えているのに、いざ本人と話すと、思いは日差しの強い光に溶けてしまった氷のようだ。元の姿を見たことが遠い昔のことのように思える

そんなことを思いながら先週買ってきた雑誌を開く。

祐輔が転勤の話を持ってきたのは先週のことだ。大阪本社から東京支店に異動になった。

祐輔の勤めている会社はスポーツ用品を扱っているメーカーだが、最近需要が増し、売り上げは右肩上がりだ。

東京支店は以前からあるが、本社を東京に写そうという話があり、営業部長をし、大阪ばかりではなく東京もまとめている祐輔に、いずれ本社となる東京で営業本部長として白羽の矢がたったのだった。

単身赴任でいいという祐輔の言葉とは半面、東京に家を持ちたい、瑤子はそう思っていた。


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