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少女A 第5話 (読了3分)
前回までのあらすじ
東京都江東区で女子大生、藤野もえが死体で発見された。検視の結果自殺と認定される。だが捜査一課の桐谷は他殺とにらみ、新人の田口と捜査を続けていると半年前に自殺した少女、木下佳奈美が藤野もえと同じ中学校の卒業生だということがわかる。田口達は木下佳奈美の自宅を訪ねた。
少女A 第5話
「その電話は亡くなる前日のお話でしょうか?」
「それが、2週間くらい前でした。間が空いていたので以前に警察の方とお話しした時は忘れていたんです、その後あの子は何も言わなかったですし、もう少し、私が、話をきいてやっていれば、こんなことには、ならなかったんです」
思い出しているのだろう、こらえようとする気持ちが、今にもこぼれそうな涙をやっとささえている。
「この子をご存知ですか」
桐谷は江東区で自殺をした藤野もえの写真を見せた。母親は目頭を抑えていたハンカチを離すと写真を覗いて、目を細めた。数秒間眺めると口を開いた。
「はい、中学の時の同じバスケット部の子です、その子が自殺したことはニュースで見ました、何か関係があるんでしょうか」
「今のところあるとは言えません、ただ気になっているだけです。2人は仲が良かったんですよね」
「はい、でも2人きりというよりは、たいてい同じ部活の子たちと行動していたみたいです。でも、中学3年生で部活に行かなくなってからは、全く連絡はとっていなかったと思います、うちもその頃引っ越しましたし」
「引っ越されたのは何か理由でも」
「夫の転勤です、夫は銀行員ですが、閉所恐怖症でしたので、満員電車が苦手で、会社まで歩いていけるところかせいぜい二駅くらいの場所じゃないと通えないんです、ちょうどその頃今の支店に異動になったものですから、そのころ住んでいたところからはとても通える距離ではありませんでしたので、会社の近くに引っ越したんです」
母親のしゃべり口調はあまり早くはないが、聞いたことにはきちんと答えた。
「中学3年生の夏、ということですか」
「はい、部活が終わった後は進学のこととかで忙しくて、友達と遊ぶ時間はなかったと思います。それと、ケンカみたいなことしたみたいで、少し会いにくかったのかも知れません」
「ケンカ、ですか」
「そんなことを言っていました、でも女の子同士なら口ゲンカくらい良くあることなので大したことはないと思って、特には心配はしていませんでした」
その他に気になったことがないか聞いたが、母親からはそれ以上の新しい情報は出てきそうになかった。お茶のお代わりを持ってくると、母親が立ち上がろうとしたところを桐谷が制した。
「大丈夫です。これで帰りますので」
桐谷と田口はそこで立ち上がり、礼を言った。
「そういえば」
桐谷たちが玄関で靴を履いていると、母親が何かを思い出したかのように声をかけてきた。
「中学の時にお友達が亡くなったのは存知ですか」
ご母親は一点を見つめ、記憶をたどっているようだ。
「宮野美紀さんていう子なんですけど、とても優秀な子だったんです。勉強もバレエも。ケンカした原因にはその子も関係があったみたいです」
「その子の死因は何だったんですか」
桐谷が立ち上がって聞いた。
「交通事故です、とても大きな事故で。そのあと、お友達とはあまり遊ばなくなって、すみません、あまり関係なかったかしら」
「いえ、大丈夫です。その子がバレエをやっていたと?」
「その子のお母さまは昔、外国でプロのバレリーナだったらしいんです。お父さまは早くに亡くなったみたいで、お母さまがお一人でプロのバレリーナに育てようと頑張っていたみたいです。だから、お母様は、美紀ちゃんが亡くなったことでちょっと・・」
母親が話しにくそうに口ごもった。
「精神的におかしくなった?」
桐谷が言うと、母親がうなづいた。
「そのことでどこかの病院に入院されたとかで、確か事故の次の日から夏休みだったと思いますだから、お二人とも事故以降は誰も見ていないようです」
「そうですか、どんなことでもいいですから、また、思い出したら言ってください、私たちもできる限りの協力はします」
そう言って玄関のドアを開けて外に出ようとした。
「あの」
母親の声に桐谷が振りかえる。
「どうか娘のためにお願いします」
そう言いながら母親は笑顔をつくったが、笑った口の端が震えていた。
外に出ると、風が吹いてコートの襟が揺れた。風は湿った感情を乾かすように吹きつけてきた。住宅街の道路を学校帰りの子供や、自転車に乗った主婦などが行きかっていた。木下佳奈美も生きていたら、今頃この風の中を歩いていたのかも知れない、桐谷は胸が熱くなった。
江東区で藤野もえの死体を見た時と同じだ。桐谷は木下佳奈美の母親と会って、そう感じていた。本当に生きていたかった。自殺じゃない。暗い闇の中から少女たちが語り掛けている気がした。必ず犯人を見つけ出してやる。桐谷は強く心の中でそう誓うと、藤野もえの顔が頭に浮かんできた。その顔はとても悲しそうだった。
少女A 第5話
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