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そこんとこヨロシク! 後編 (読了3分)

 俺が指導しているのは豊洲で活動しているFCトヨースキッカーズU12だ。地域では強豪チームの部類だが二年前に大会で優勝して以来、公式試合での入賞がない。だが、今回は流れが違った。前回行われた予選リーグでは格上の相手もいたが、引き分けて、別の試合での得失点差でうちがグループ首位で抜け出たため、今週末のトーナメント戦に出場できる。しかも、いつも優勝決定戦に絡んでくる他の上位チームがまさかの予選リーグ敗退をしているため、うまくいけば優勝が狙える大会だ。そう思うとあの手を使わざるを得ない。「絶対に優勝する」俺はそう誓った。

 今日の練習は子供たちからは気合みたいなものを感じた。ただフォワードがうまく稼働していない、俺はトップの選手を呼んだ。

「あそこはボールを散らすところだろ、持ちすぎなんだよ、ちらせちらせ」

「ハィ!」

「そこんとこヨロシク!」

 子供は頭を下げるとピッチに戻った。

 俺はあの力を試してみることにした。蹴れ!シュートだ、右だ、左だ、バックだ、俺が心の中で叫ぶと子供たちはものの見事に思うとおりに動いたのだった。これはいけるな。確かな感触をつかんで俺は大会に臨んだのだった。

 大会当日は十月も終わりだというのにやけに暑い日だった。俺はベンチに座っているだけで大量の汗をかいていた。俺の目論見はうまくいき、選手たちは思うとおりに動いてくれた、だから、準々決勝と準決勝は両試合とも十五人のメンバーを全員出すことができた。このままいけば全員サッカーで優勝だ。

 となりのピッチでは準決勝のもう一試合が行われていた。見るとフレンドリーズとビッキーズとの対戦だった。ビッキーズの優勝はあり得るから、ここはフレンドリーズが上がってきてくれるとうれしいな、と俺は思った。今の実力ではうちのチームはビッキーズには勝てるわけがない。俺は決勝ではあの力はなるべく使いたくなかった、やはり良心が痛んでいるからか、俺はやはり善良なのだろうか。

 フレンドリーズは最近強くなったと聞くが、少し前まではどちらかというと弱い方だった、三年前はもっと弱かった。もしかしたら、フレンドリーズ相手なら俺の力を使わなくても勝てるかもしれないな、そう思うと、俺はこの試合で絶対フレンドリーズに勝ってほしいと思った。勝って決勝で俺たちと戦おうかフレンドリーズ君よ、決勝ではなくこの試合で俺の力を使う理由はそろっていた。

 その試合はフレンドリーズが〇対一でリードされて、すでに後半に入っていた。

 後半に入ってすぐ、フレンドリーズが中央あたりからボールを持った、よし、このまま抜ければ一点だ、ディフェンスが転べば、一点入る、そう思った俺は「転べ!」と心の中で叫んだ。叫んだ瞬間にドリブルをしていたフレンドリーズの選手が転び、相手にボールを奪われたのだった。おいやばいぞこれは、どうなっているんだ。その時だった、跳ね返されたボールを拾ったフレンドリーズの31番がミドルシュートを打ったのだった。ボールは勢いよくゴールネットを揺らした。

「ナイスー、タイシー」

 31番はタイシというのか、やるな、ただならぬセンターバックだ、あそこからミドルシュートを入れるなんて。フレンドリーズのセンターバックはボールを持つとボールを見なくてもドリブルができる技を持っていた。だから周りが見えボールを奪われることがなかった。

「いいぞフレンドリーズ頑張れ!」

 もう時間はほとんどないはずだ、なんとかPKでもいいからフレンドリーズ、勝ってくれ。また、フレンドリーズがボールを奪った、これが最後のチャンスかもしれない、そう思った俺は心の中で叫んだ

「ディフェンスよ転べ!」

 叫んだ瞬間、またしてもドリブルをしていたフレンドリーズの選手が転んだのだった。やばいなこれ、ほんとやばい、俺は何をやってるんだ。頑張れフレンドリーズ、頑張れタイシー俺は思わず心の中で叫んだ。すると攻め込んできたビッキーズのドリブルを止めたフレンドリーズの31番のタイシがそのままドリブルをし始めた。いけタイシーお前しかいない。俺はもう相手選手に転べとは願わなかった。

 タイシはセンターラインからスルスルスルとドリブルで上がると、センターフォワードの位置にいた15番にパスをした、15番はそのままシュートを打った。しかし、あと十センチくらいのところでゴールにならなかった。

「惜しい、トオル、いいよ」

 あの15番はトオルというのか、トオル頑張れー。フレンドリーズの父兄の席から歓声があがった。トオルは身長が高くかなりフィジカルが強かった。ボールを持つと相手がよけた。さらに、遠くから何度かシュートを狙う、積極性のある選手だった。フレンドリーズにこんな選手がいたなんて知らなかったな。

 右サイドをドリブルで上がってきたタイシがクロスを上げた。トオルはそのままでも高い身長からさらに高くジャンプした。

 ピーッ、ピー、ピー、トオルのヘディングシュートは見事ゴールネットを揺らし、フレンドリーズが二対一で勝利し決勝へ駒をすすめたのだった。

 決勝は俺の希望通り弱小チームであるはずのフレンドリーズとの戦いになったが、フレンドリーズのペースで試合がすすみ、俺のチームは〇対五で惨敗しフレンドリーズが優勝したのだった。
  
 俺の力はもはや通用しなかった、いや俺が勘違いしていただけかもしれないな。来週はライブ頑張ろ、サッカーももっともっと練習しないとな、見上げた木の枝にカラスが止まっていた、あの時のカラスかな、俺はカラスに向かって話しかけた。

「そこんとこヨロシク!」

 カラスはキョロキョロ首をひねって周りを見るだけで、鳴きも羽ばたきもしなかった。

                    そこんとこヨロシク! 了

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