実録!過酷な課長業務 完結編(読了3分)
前編のあらすじ
人材派遣会社で課長を務める町田雄二。部下の倉かおりが客に対してハゲエロオヤジと言った問題に頭を悩ませる。ただこの日は朝食をとらなかったために事あるごとにお腹がなっていた。そこに妻から、息子のシュウトが電池を飲み込んだと連絡がくる。
実録!過酷な課長業務 後編
「食べたって?飲み込んだんだろ、で、お腹は痛そうなのか?」
「元気よ、電池食べたからかしら、余計元気になったみたい、でも電池が心配で」
肩の力が抜けるのがわかる。
「電池で動いているわけじゃないんだから飲み込んで元気になることはないだろ、早く病院に連れていって取り出してもらわないと」
「取るって?どうやってとるの」
妻の声がさらに高くなった。
「それは医者で聞いてくれ、とにかく電池を飲みこんだら病院に行けばいい、大丈夫だ」
「わかったわ、じゃあ行ってくるね」
妻が電話を切った。妻の声のトーンが落ちた気がした。電話を切り時計を見る、時間は11時を回ったところだ。
席に戻ると、席を外した間に倉田かおりから電話が入っていた。折り返し倉田に電話を入れる。
「どうした?」
「あの課長、さっき謝罪してきました」
歩きながら電話をしているのか、多少だが息が上がっているように聞こえる。
「謝罪って、一人で行ったのか?」
「はい、もちろんです、だって課長すぐには外出できないでしょ、早い方がいいと思って」
「で、どうだった?」
世の中の時間が早く回っているようで、自分だけが取り残された気になる。
「大丈夫でした、部長さん直接出て来て、また飲みにいきましょだって」
「いい部長じゃないか、良かったな」
気をもんでいたことが一つ解決した。
「いやただのハゲエロオヤジですよ、本音を言うともうあの部長とは飲みにいきたくはありません」
口をとがらせている倉田の顔が浮かぶ。
「おい、女の子なんだからもっと口をつつしんだらどうだ」
「だって本当のことですから、でも今からランチ行ってきます」
「ランチに行くって先方の部長とか?」
「そうですよ、何でも食べさせてくれるっていうから、じゃあステーキって言っちゃいました、えへへへへ」
声の大きさに思わずスマホを耳から離した。
「行きたくないんじゃないのか?」
「あ、おごってくれるっていうなら行きますよ、それに康介もいっしょなので」
「康介って、望月康介のことか、あそうだ、望月もいっしょに担当していたんだっけな」
「そうですよ課長、課長が決めたんでしょ。その後いっしょにセミナー行って来いって言ったの覚えてます?だからセミナーに行く前に早く待ち合わせしていっしょにおごってもらっちゃいます」
「わかった、じゃあ戻りは5時半くらいだな」
電話を切るとまたお腹がなったのがわかった。
やれやれと思っていると、視界に佐々木部長の顔が入った。部屋の入り口で手招きをしている。
「町田ちょっと会議室にいいか、急ぎで会議だ」
笑った顔とは正反対の冷たい声だ。部長の後について会議室に入る。社長と専務、経営企画室の部長が笑みを浮かべながら話をしているところだった。
結局会議は3時間に及んだ。新しいプロジェクトの立ち上げの打ち合わせだ。町田にプロジェクトリーダーの白羽の矢が当たったのだった。
悪い話ではないが、無駄な話も多く、ため息が出るのを我慢する会議だった。会議が終わると、空腹は限界を超えて、逆にお腹は何も入りそうもない状態になっていた。
自席に戻ると妻からラインが入っていた。
「病院終わったわ、電話ください」
休憩ルームに移動して、電話をかける。
「で、どうだった?」
すぐに電池が取れたことを祈りながら妻の声を待つ。
「取れたわ、取ったらお腹が空いたみたいで、たくさん食べたわ、あ、ちょっと電話かわるわね」
「もちもち、パパ?パパあのね、でんちとれたよ、あのね、ちゅぱちぇちちゅぱちぇちいっぱいたべたよ、あのね」
子供の声がゴソゴソと何かをこすっているような音に吸い込まれていく。
「おーい、何て言ってんだ、よく聞こえないよ」
次の瞬間、電話の向こう側の壁がなくなったように澄んだ声が聞こえてきた。
「スパゲティいっぱい食べたって言ってるのよ、スパゲティ、でも結構食べたからまた吐くんじゃないかって心配してるところ」
電池が取れたことが嬉しいのか、妻の声が弾んでいる。スパゲティの単語が聞こえたところでお腹がなった。
「食べさせすぎじゃないのか?わかったとにかくとれたんだな電池、注意しとかないとなんでも口にいれるからな」
「わかってるわよ、じゃあ今からお散歩に行くから電話切るわね」
電話を切ると、空腹を通り越して少しお腹が落ち着いた気がした。自席に戻ると、メニューを持った川口アキが声をかけてきた。
「課長、何か頼みましょうか?今日は食事まだですよね」
「いや、今日はいいかな、急に企画書をつくらなくちゃいけなくなった」
半分あきらめの気持ちだった。
「わかりました、では私はお弁当を買いに行ってきます」
「え?川口さんもまだ?」
「はい、急な来客があってそちらの対応に追われていたもので」
かといって今から頼むのもかっこが付かない気がして、完全に食事をあきらめた。
しばらくすると弁当を持った川口が帰ってきて食事を始めた。ハンバーグ弁当のようだ、気のせいかもしれないが、妙にハンバーグの匂いが強い気がした。
お腹はなりっぱなしだが、そこで方針を変更したくはない、今日は昼めし抜きだ、しかし空腹の時に目の前で食事をされるのもつらいものだ。
集中集中、雄二は企画書の作成に集中することにした。気が付くと夕方の5時を回っていた。そろそろ帰る準備でもするか、そう思っているとオフィスの入り口が騒がしくなった。
「だから食べてないって言ってんだろ」
倉田かおりと望月康介が言い争いをしながらオフィスに入ってきた。
「いや絶対食べてたから、しかもセミナー中に、一瞬目を疑ったわよ、信じられない」
倉田かおりが目をつり上げて康介に言い寄っている。
「おいおい倉田、女の子なんだから、もう少し、しおらしくしたらどうだ」
雄二が事態を収めようと横から割って入った。
「だから食べてないって言ってんだろ」
望月康介がムキになっている。
「おいおい、望月も落ち着きなさい、で、倉田、望月がセミナー中に何を食べたんだ」
「康介ったら、セミナーが退屈なのかしらないけど、鼻くそ食ってたんですよ」
「あっ」
雄二が思わず声をもらした。鼻くそという言葉で雄二のお腹がなったのだった。
実録!過酷なⓋ課長業務 完結編 了
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