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【音楽語り】にわかが語る「紫煙」【HIPHOP】

さあ、祭りだ。

 完全にわかヒップホップファンの自分が初めてぶち当たったクラシック日本語ラップ。

 「紫煙」漢 feat. MAKI THE MAGIC。

 ぶち当たってぶち上がった。

 いや、単にぶち上がったと言うと正確じゃない。
 なんというか、なんだろ、このカーッと体温が上がるんだけど、胸の真ん中に一抹の寂しさが埋まっている感じは……? リリックもビートも最ッ高にカッコいいのに、情緒をぐわんぐわんかき乱されるこの気持ちは……?

 これが——————恋?!?!?!

 
まあ違うんだけど(スン。
 知らない地方を旅行していたら、いつの間にか地元のお祭りに迷い込んじゃった、そんな印象だった。全然そんな気無かったのに、三分半ちょっとを聴き終わった時には、もう頭の天窓が開いて脳内お祭り状態。そんな曲。踊りたくなる。大人数でやぐらを囲みながら踊りたい。案外合うんじゃないかな、屋外夏祭りラップフェス。

 なんかもう、そういうイメージで見ちゃっているせいか、ビートが祭囃子に聴こえる。だからサンプリングの元ネタがジャズだと知った時には驚いた。R&Bサックス/フルート奏者David Newmanによる「Symphonette」。聴いてみると、こちらもフルートの音色とピアノの和音が最高なジャズとして完成していた。ただ、こちらの音源では、やはり「紫煙」で感じるような日本のお祭り的な底が抜けた浮遊感はしないのだ。なぜだろう?


泥くさいノスタルジー

 私がこの曲に持つイメージは、夜、満月、赤提灯、蝉の鳴き声、太鼓の音、盆踊りする大勢の群衆。
 車がエンコして近くの宿を探しに来たら、全然知らない祭りに紛れ込んでいた。みんな楽しそうな雰囲気だから自分も楽しい気分になってきたが、そういえば、こんな田舎にこれだけの人がいたのか? この辺りは昔栄えた廃村だとか言われてなかったっけ? 手拍子しているあの人たちに、地面に落ちる陰が無いのはなんでだ……?

 でも、楽しいからいっか!!!

 いや、ホラーではない。本当に居心地のいい曲なのだ。日本のお祭りの、あの不思議な浮き足だった雰囲気には、みんな大なり小なり頭のネジが緩む。時空のすきまから異空間に迷い込んだような、ふわふわした懐かしい気持ち。熱量は凄まじいのに、心の表面は穏やか。まあ、まあ、今日は踊りましょう。化かし化かされても恨みっこなし。
 この独特なノスタルジーは、漢さんの皮肉で毒っぽいリリックと、マキ・ザ・マジックさんの叫び散らすはじけた声の熱量の、なんとも言えない泥くささが理由だと思う。

 実は自分は、お二人の顔を写真などでちゃんと見たことがないのだが、勝手に声と歌詞からイメージしている姿がある。
 漢さんは四、五十代くらいの、あご髭のざらついた、目つきの鋭い無愛想なおじさん。ずんぐりだが筋肉が厚く、建築現場で休憩中にタバコ吸っている腕から刺青がチラ見えする、カタギとアンダーグラウンドの狭間にいそうなタイプのおじさんだ。なお、一から百まですべて偏見。

 対照的にマキ・ザ・マジックさんは、声が若々しく聴こえるからかもだが、ひょろっとした調子のいい若者で、新宿あたりの(リリックにも出てくるし)居酒屋で酔っ払って騒いで店を蹴り出されて、夜の歌舞伎町をふらふらと彷徨っている駆け出しラッパー。
 な、訳はないのだが、どうしてもマキ・ザ・マジックさんの声とリリックには、都会の底辺からどうしようもない自分の心の鬱憤を叫び散らしている若さの躍動、汗の輝きと匂い、みたいな泥くささを感じるのだ。

 この無愛想おじさん(概念)と調子乗りの若者(概念)がタッグを組んで歌ったラップ。
 物語が生まれないはずがない。


この世の終焉の匂い、紫煙

何かとストリート語る割に嫌なパンチライン

Musicmatchの提供歌詞より。以後引用元同じ

 なんせ第一声、一行目からこれだ。おじさんの心地いいだみ声で飛び出す、いきなり顔のない誰かの悪口。長文からにじむこの毒っ気、なめらかな韻、祭囃子のようなビートが、いきなり世界を油と土のにおいがする明るい夜に変える。

 はたから見りゃ大ざっぱに見えるかも知れないが緻密な計算に基づいてる成り立ってる贅沢
 善と悪 全部吐く 承知の上での生活
 テンポ早くサンプラーよりも叩く電卓

 ほらほらもう刺青入った無愛想おじさん(概念)の意味が分かってきたでしょう!! この酸いも甘いも知り抜いた感! 清濁飲み込んで今日の稼ぎを電卓叩いて数えてるおっさんの姿が!(妄想)

 限度なく 手を伸ばす 権力も仕方ねえ
 選択肢はたったひとつ 全力でぶつかれ

 このリアリズムと夢と熱の混在! 貪欲さを「権力も仕方ねえ」でまず地に足がついたまま受け止めて、アンサーが結局は「全力でぶつかれ」というアツさだけの忠告であるところに、おじさん(概念)の包容力のようなものを感じないだろうか。
 そしてこの次に、マキ・ザ・マジックさんのバースが始まるのだが、これがまた元気な声でとんでもないことを叫ぶ。

 踏み外すことが人生
 常に反体制
 射線受けろDFA

 漢さんとは異なり、ぶつぎりの単語と文章の全ての語尾に「!!!!!」がついていそうな勢い、弾ける若さ以外の何ものでもない。

 俺達の俺達による俺達のための音楽
 歌声だけが身なり
 宣戦布告
 日々クレイジー
 酔っ払い
 ギャングスタブギ気取る歌舞伎
 ボロでも心は錦

 ずっと何かにケンカをふっかけつつ、歌舞伎を気取って見栄を張るこの若さ! 若さ!! 若さ!!! 今は自分も若いから聴いていて元気が出るけど、歳をとったら、そのうちこの若さに泣かされそうになることがあるのかも知れないと思うと、ちょっと既に胸にくるものがある。線香花火みたいに儚く激しい青春の熱気を感じるのだ。
 そこへ、次に来るのが漢さん。二バース目に入り、イマジナリーおじさんがスマートにかます。

 特に失うモン無し
 どっぷり浸かった問題児
 頭一飛び抜けた実力の持ち主

 この三文だけでニヒルな笑顔を幻視できる。一文目で持たざる者としての無敵さ、二文目で己のヤバさを淡々と語り、三文目で直球に自慢の実力を謳う。飄々とした態度の中にも、ケンカは受けて立つし勝ちを譲る気はさらさら無さそうな負けん気が垣間見えて、おじさん(しつこいが概念)の隠された熱さにこちらのテンションがアガる。

 お前にとって何が大事だろうがお構いなし
 勘違いからとる揚げ足
 感じ悪い後味

 しかしこの決して一筋縄ではいかないリリックに、我々はぐっと詰まって唸らざるを得ない。主語がないので、誰が誰に何をしているのかハッキリは分からないが、現実にあるケンカの気まずさ、噛み合わないバトル、そのあたりを見つめるリアリスティックな目が漢さんの低い声の向こう側に見える。

 こけらラッパーの出る幕じゃねえタフだけ
 今日も焚いて臨むライブ
 煙まみれの幕開け

 スモークから鋭い眼を光らせて登場するおじさんの姿が目に浮かぶ。さんざん雑魚ラッパーどもを毒舌で蹴散らし、地をならしてから、真打ち登場のように宣言する流れが最高にカタルシス。
 でも、実は一番好きなのは、ここに食い気味に入ってくるマキ・ザ・マジックさんの二バース目のリリックだ。もう全部引用したいくらい。しちゃおう(法的には問題ない……はず)。

 回れ真夜中のメリーゴーランド
 まだ十六なのに街に立ち
 たちまち皆の食いモノ
 舌打ちする頃には頭でっかち

 もう、一文目から休みなくドラマ続きである。まず「回れ真夜中のメリーゴーランド」で頭がぶっ飛ぶ。何の隠喩か。あるいは直喩か。いや、そんなことがどうでもいいくらい、とにかくかっこいい。「真夜中のメリーゴーランド」がまずおしゃれなのに、それに対して挑むように、祈りを込めるかのように「回れ」と叫ぶマキ・ザ・マジックさんの殴り込む勢いの声。
 そこからはもう濃縮されたドラマだ。若くしてストリートに立ち、ボコボコに殴られ、右も左も分からずがむしゃらに頑張る時期を過ぎ、擦れた仕草で舌打ちできるようになった頃には、もう十六の時の初心や純粋さを失っている……こんな風に解説すること自体ヤボなくらい、この短いリリックに物語の全てが詰まっている。まだ若々しく見える(概念だけど)彼の老成した部分がここで出てくる。

 失う目的地 人生死か栄光か
 ポケットには薄汚れた硬貨
 一日一歩も歩けない
 だけど最後の博徒
 サイコロ振るまで

 こんなんもうアンタが主人公じゃん……。
 勢いのいい声、ちょっとイカれた一バース目から翻って、若さの裏の諦念、冷静に受け止める現実、それを投げやりな調子でがなり立てる。ギリギリを生きている若者の、熱と隣り合わせの冷たい儚さ、重たい足、擦れていく生活と心、これはもう詩だと思う。だが、この「一日一歩も歩けない」からのリリックほど、励まされない歌もないのだ。

 祭りの高揚、ノスタルジーのほろ苦い香り、老いと若さ、生と死、リアルと狂気、すべてを引っくるめて大団円な一曲。
 この泥くさく血の通った曲がクラシックと呼ばれていることまで含めて、日本語ラップの到達点の一つとして間違いないだろう(にわかは語る)。なんなら、この世の終わりに流れていて欲しい曲。もしくは走馬灯のBGMにしたい。仲の良い人、悪い人、知ってる人、知らない人、ごっちゃにしたみんなと踊りながら、地球に巨大隕石がぶつかるのを月から見たい。

 そう、なぜだか知らないけど、エネルギーの塊みたいなこの曲は、生の力に満ち満ちているのだが、同時に何かの「終焉」を連想させるところがある。私だけかも知れないけど、きっとなんとなく伝わるだろう。
 それは、この曲で生きるパッションを撒き散らしているマキ・ザ・マジックさんが、今は既に他界されていることに、少し関係しているのだろうか。

 「紫煙」。タバコの煙。自分は、このタイトルから、たびたび「紫雲」を連想する。阿弥陀如来が極楽浄土から死者を迎えに来る時に乗っている雲。一番しっくりくるのは、この来迎の時に「紫煙」が流れていることだ。
 最高。

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