超短編小説《小鳥》
羽生は、電脳世界で目覚めると鳥になっていた。
電脳世界で鳥になった今でも、人間の頃の記憶は残っていて、週末の日曜日にいつもの公園で彼女と会う約束をしたこともはっきりと覚えている。
鳥になった羽生は、突然人間とは遥かにかけ離れた新しい身体になった事に戸惑いつつも、鳥らしくぴょんぴょん飛び跳ねて踊るように歩いて身体の感覚を確かめながら飛行練習を何度も繰り返して空を飛ぶコツを掴んだ。それからは気持ち良さそうに何にも縛られない空を縦横無尽に飛びまわりなかなか地上には降りてこない。疲れた様子で地上に降りてきたかと思うと、
「鳥の身体になってみると、物をハッキリと見たいときは首を傾けたくなるし、寒いときは羽毛を膨らませたり、足を一本羽毛の中に入れたくなるし、寝る時は首を180度回転させて顔を羽毛の中にうずめたくなるんだな。」
と、自分の身体を前、後ろと興奮気味に見回しながら、一人言(一鳥言)が止まらない。羽生は生来鳥が好きで、人間であった頃は小さい鳥を幾羽か飼っていて、鳥の仕草について詳しかった。
また、羽生には驚くべきことなのか当然のことなのかよく分からないが、電脳世界では頭の中で想像したものがその通りに出現する性質があることに気付いた。例えば空を飛んでいる時に、仲間の鳥だったり、木だったり、湖だったりを想像すると、瞬く間にそれらが現れる。はじめのうちは頭の方が着いていけていなかったが、慣れてくると映画なんかで観るような、今にも恐竜が出てきそうなジャングルを想像したり、ワニが川の下から這い出してきそうなアマゾン川を想像したりしてなかなか面白いものであった。もっとも、恐竜が出てきそうなと想像すれば恐竜が出てきて、ワニが出てきそうなと想像すればワニが出てくるので、危険な目に遭うことも度々あった。
鳥になる体験と、不思議な電脳世界の体験を一通り楽しんだなと思って満足していた時に、羽生はある衝撃的な事実に背筋が凍った。
「現実世界の戻り方が分からない。」
鳥になった羽生に出来ることといえば、ちょこんと跳ねるようにスキップすることと、空を羽ばたくこと、ピーと鳴くこと。
「あ、そうだ、いい事思いついた!」
鳥の羽生は、人間の羽生と、羽生の彼女とよく行く公園を事細かに想像した。
噴水の見えるベンチに座っている羽生の彼女は、噴水で水浴びをしている鳥の羽生を指さして言った。
「あの鳥さん、気持ちよさそうに水浴びしてるね。」
隣に座っている、人間の羽生は、鳥の羽生の方に目を遣りながら言った。
「それにこっち見ながら鳴いてるね。僕たちに何か喋ってるみたいだね。」
鳥の羽生は、ぴーぴーと鳴いている。
あとがき:皆さんも公園を歩くときにこちらを見ながら鳴いている鳥を見かけたらこの話の事を思い出して頂きたい。もしかすると、こちらを見ながら鳴いている鳥は電脳世界で鳥になった君自身で、公園を歩いている君たち二人は、その鳥の想像の世界で生きている住人なのかもしれない。(2020年12月18日、白文鳥のぴーに向けて。)
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