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超短編小説

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不思議な世界観の超短編小説をまとめました。
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記事一覧

超短編小説《花びら》

カラスが桜の木の上に石を落とした。カラスが落とした石は桜の花のうちの数枚に当たりそのうちの一枚の花びら散った。気付いていないだけで本当は他の花びらも散っているのかもしれないし、実はその散った花びらも石が当たったことが原因で散ったものであるかどうかも分からない。散った一枚の花びらは地面に落ちて私の身体に被さった。私は暫しの間、身動きが取れなくなってしまったが、隣を歩く仲間の蟻の助けを借りて、とうとう一枚の桜の花びらから逃れることができた。そんな蟻一匹のことには気をとめない様子で

超短編小説《カーテン》

或日の朝のこと、カーテンの隙間からこぼれる朝日を顔に浴びて、Kは目を覚ました。 キッチンからはパンが焼ける薫りとコーヒーを注ぐ音がしている。旅先であっても朝のキッチンからのこのような便りは朝を透明なものにする。透明に染められた朝が純黒の珈琲に溶け込んでいくにつれて、透明な紙に書かれた黒いインクの文字のように昨晩の記憶の断片が浮かび上がる。 「昨日までの私は今日の私とはまるで違う。」 それがKが感じた一番最初のことだ。 「何もかもが嘘だったらいいのに。」 そんなことを考えるまで

超短編小説《不死の糸》

一 或日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れております。極楽は丁度朝なのでございましょう。  やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当っておりますから、水晶のような水を透き徹して、

超短編小説《青》

「この青と、この青、どっちの方がもっと青なの?」  少年は時に大人が全く気にも留めないような事柄に純朴な瞳で疑問という名の燈火を灯す。そして大抵の燈火は、燃え材をくべる者が見つからないために火力を失い燃え尽きるか、大人たちの冷たく重い息によって吹き消されてしまう。  しかし、この少年の問いは大切に育てられて、少年が大人になっても心の栄養になるような学びを得ることができた。  この少年の家庭は運が良いことに、青に大変縁が深い家庭であった。母は青い写真を専門で撮影する写真家で

超短編小説《小鳥》

 羽生は、電脳世界で目覚めると鳥になっていた。  電脳世界で鳥になった今でも、人間の頃の記憶は残っていて、週末の日曜日にいつもの公園で彼女と会う約束をしたこともはっきりと覚えている。  鳥になった羽生は、突然人間とは遥かにかけ離れた新しい身体になった事に戸惑いつつも、鳥らしくぴょんぴょん飛び跳ねて踊るように歩いて身体の感覚を確かめながら飛行練習を何度も繰り返して空を飛ぶコツを掴んだ。それからは気持ち良さそうに何にも縛られない空を縦横無尽に飛びまわりなかなか地上には降りてこな