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「やさしい」ってなんだろう?

先輩がつぶやいた忘れられない一言


私は大学時代、登山部に所属していた。
その時聞いた、今も心に残る忘れられない一言がある。


日本アルプス縦走中の5日目。私はまだ1年生の新米部員だった。

1週間分の荷物の重量は1人約20キロ。加えて旅の後半で、私の体力・気力は限界に近かった。
とにかくみんなについていくのがやっとで、せっかくの絶景を楽しむ余裕は一切なく、ただゴツゴツした地面と前を歩く部員の脚しか見えていなかったように思う。

段々と、私は遅れ出した。
隊列が乱れ、他の部員の邪魔にもなってきて、ついには一番後ろから皆を追いかけることになった。

パーティから大きく離れてしまった私にはリーダーがつくことになった。
正直、「こんなボロボロの姿は誰にも見られたくない。一人にしてくれ。」と思ったが、ペースの遅い者がいたら一人にはせず、必ず誰かがついて歩くのが登山部のセオリーである。


彼はもともと無口な人だった。
二人きりになった私を励ますわけでもなく、休もうと言ってくれるわけでもなく、ただ一定の距離を保ったまま、ついてきていた。なにも喋らないから、少し怖かったような気もする。
後ろからの視線を感じながらも、私の呼吸はどんどん荒くなり、汗は止まらず、ついには「諦めて家に帰りたい」とまで思っていた。

そんな時、彼がぼそっと呟いた。

「荷物を持ってあげるのと、持たないのと、どっちがやさしさなんだろう?」

「え?」

突然の問いかけに、間抜けな声で聞き返してしまった。
しかし、彼はそれ以上、何も言わない。

私はこの苦しみを、早く軽くしたいと思い、
「荷物、持ってもらえませんか」と言おうと彼の顔を見た。

しかし、私に向ける彼のまなざしは真剣で、言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。

彼も私が苦しむ姿を見ながら、どう対応すべきか悩んでいたのだ。

登り切ったその先に…

ちなみに、彼は部活随一のクライマーであり、荷物を多く持つことなんてたやすいことだ。しかしリーダーは、結局私に対して何もしなかったが、なぜか見捨てられた感じはしなかった。

その後、私は必死に脚を動かし続け、20分ほど遅れて他のメンバーに追いつくことができた。そして数日後、ついに1週間の縦走をやり遂げ、それは大きな達成感と共に、これからの自信にもなった。



やさしさは1種類ではない

困っている人がいたら、ついつい、何でもかんでもやってあげたくなる。
それも十分やさしいし、愛のかたち。

でも、すぐには手を出さず、できるようになるまで見守るという形もあることを、あの18歳の夏に知ることができた。

自分がやってしまえば、その場をすぐに解決することにはなるし、手っ取り早い。
でもリーダーは、私の可能性を信じて待ってくれた。
そう、彼が見ていたのは目先のことではなく、この局面を自分で乗り切った後、もっと先の未来だった。

〜〜〜〜〜〜

あれから約10年経つが、私は今でも登山を続けている。
一人でもアルプスを縦走をしたり、初心者を山に連れて行けるようにもなった。

「荷物を持つか、持たないか」の判断は、とても難しい。
いつもやさしくありたいけれど、その人にとって何がやさしいのかはいつも考えている。

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