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彼岸

休日の早朝 
鳥はさえずり
空は気持ち良く晴れ
街道はコスモスに彩られ
絶好の彼岸日和だった
十数年前のある日

とある 
激しいケンカが始まったのは 
群馬から山梨の
墓参りに向かう途中
険しい峠に差し掛かった
車中でのことだった

運転が荒く 
前を走る車を
突然 意味なく煽って
なんとか抜かそうとする父

懸命に注意して
押しとどめようとする母

後部座席で
ハラハラと見守る私

とうとう
母の言葉にキレた父が
母を平手で殴った

ついに
父の暴挙にキレた母が
父を平手で殴り返す

峠道
ハンドルを握ったまま
父と母は
バシリバシリと殴り合い

車は右に左に
勢い良く揺れて
すでに転落しそうな勢い

怖い 怖い 怖い
落ちる 落ちる 落ちる

「てめぇら、降りろ!」
なんとか落ちずに
峠を登りきったところで
車は止まり 父は怒鳴った

なんで私も?と思ったものの
願ったり叶ったりで
母と2人して車を降り
駅に向かって歩き出した

ところが 少しして
走り去ったはずの車が
また 戻って来た 今度は
「乗れ!」

どうする?と 母に視線を送る私
一心不乱に 駅に向けて歩き続ける母
父を無視して 2人で歩き続けていたら
「勝手にしろ!」
また 車は走り去った

そこからは 
もう あまり覚えていない
野辺山のべやまの駅前で
どでかい牛の置き物と一緒に
ピースサインしながら
母と交互に
写真を撮り合ったこととか
小海こうみ線の車窓の長閑な風景が
断片的に記憶にあるだけ

思えばあれは 
ちょっとした冒険だった
いつも車ばっかりで
電車で山梨に行くのは
初めてだったから
常に仏頂面の父から離れられたのも
開放的な気分だった

そうして
電車とバスとを乗り継いで
ようやく昼ごろに
山梨の親戚宅にたどり着くと
伯父や伯母たちが大騒ぎして
出迎えてくれた中
父が 奥の座敷に
何食わぬ顔で
澄まして 
座っていたのだった

それから
みんなでお墓参りをして
一緒に ご飯を食べて
少し休ませてもらってから
「安全運転で帰るんだよ」と
親戚たちに 送り出してもらい
私たち3人は
また 同じ車に乗って
自宅へと 帰っていった

帰りの車中は
家に着くまで 
3人とも ずっと 
無口だった
父の運転は
心なしか いつもより
穏やかで
行きよりもずっと
静かだった

そんな
十数年前の
彼岸の思い出


家族って 不思議




#詩
#小説
#ノンフィクション
#彼岸

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