安田剛士『青のミブロ』第13巻 芹沢鴨が託した願いと呪い

 秋からアニメの放送を控え、そして連載の方では第二部「新選組編」スタートと、乗りに乗っている『青のミブロ』、この単行本第13巻では、芹沢暗殺編がクライマックスに突入します。ついに寝所に踏み込んだ土方たちを、今や遅しと待ち構えていた芹沢。いま、芹沢を中心に様々な想いが交錯します。

 新見錦の切腹をきっかけに、芹沢暗殺へと突き進んでいく近藤一派。しかし宴席の帰りを襲撃すべく準備された土方らの策は失敗、芹沢襲撃は、八木邸の芹沢の寝所で行われることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは芹沢一派。土方たちの行動を読んだように万全の体制を取っていた芹沢に戸惑いを隠せぬまま、土方たちはもはや引き返せない戦いに踏み込むのでした。

 そしてはじめが芹沢の下に向かう太郎を剣にかけても止めようとする一方で、におは近藤を芹沢の下に向かわせようと言葉を尽くすのですが……

 と、それぞれの場所でそれぞれの戦いが繰り広げられるという、クライマックスに相応しい展開の連続となるこの巻ですが、その中心となるのが、芹沢と土方・沖田の戦いであることは言うまでもありません。
 しかしここで描かれるのは、戦いそのものだけではありません。それと同時に、お梅という思わぬ乱入者を含めて、ここでは芹沢を討とうとする者、阻もうとする者たち――それぞれの戦う理由、それぞれが刀を手にする理由が描かれるのです。

 お梅は自分を弄んできたこの世界に復讐するため、沖田は近藤と土方の命を果たすため、そして土方は自分たちの大望を阻むものを討つため――ここで戦う者には、それぞれの理由があります。
 いうなれば、ここで描かれるのは芹沢を巡る戦いであると同時に、その理由の再確認――そしてそれは、芹沢という存在を通して、それぞれの生き方が問われているともいえるでしょう。

 そしてそこで驚かされるのは、土方の心の揺らぎが描かれることであります。出自は農民であり、それ故に、名ばかりの武士に反感を抱いてきた土方。しかしそんな彼が名実ともに武士というべき豪傑・芹沢と出会ってしまった時、どうするべきか?
 その問いかけに揺れる土方の姿は、これまでの姿を見ていれば意外である一方で、しかし同時に納得できるようにも感じられます。

 そして土方が、迷いながらも芹沢との戦いを通じて自分自分の生き方を見つけ、そしてそれら芹沢の心に届くのですが――しかし芹沢を代償にそれを見つけたことによって、彼はそれ以外の道を選べなくなったのではないかと感じます。
 いわばここで描かれたのは、土方に対する芹沢の願いと呪いだったのではないか――その後の歴史を見ればそう思えるのです。

 しかしその芹沢の願いと呪いを最も強く引き受けることになるのは、他ならぬ近藤勇であります。

 におの説得によって、芹沢の望みである一騎打ちを叶えるために現れた近藤。歴史上あり得ない、だからこそ夢の対決の中で、近藤は傷だらけの芹沢と、律儀ともいうべき態度で剣を交えることになります。その中で芹沢が近藤に語りかける言葉――それは、芹沢という男が死の間際だからこそ見せられる内面として、そして同時に自分が真に認めた男に託す言葉として、大きな感動を呼びます。

 しかし裏を返せば、芹沢ほどの男にそこまで言わせた言葉を、近藤は――彼が芹沢が認めた通りの男であるからこそ――決して裏切ることはできないでしょう。それは芹沢から託された彼の使命であると同時に、やはり呪いであったのではないでしょうか。そしてそれは、土方や他の人物以上に強固なものであることは間違いないのです。

 もちろんこれは、新選組ファンの勝手な深読みかもしれません。しかし近藤や土方が、ここで芹沢から多くのものを託されたのは事実であります。そしてそれは、芹沢と共にあるためにはじめと激しく激突した太郎にとっても、図らずも近藤と芹沢の対決の見届け人となったにおにとっても同様でしょう。

 彼ら託された者たちが歩む道とは――次巻でその答えの一端を描いて、この物語の第一部は完結することになります。

 しかし、前巻にも同じようなことを書いたのにしつこくて恐縮ですが、お梅の扱いだけは唐突にしか見えないのが本当に勿体なく感じられます。もう少し時間を取って彼女が描かれていれば、さらにドラマが盛り上がったものを――と強く思います。

こちらは前巻のブログ記事


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