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マスター~回想録~vol.6

MIAT FLAG MAGAZINE 2020.12.04より

「こんにちは~」

「おー、はんちゃん」

マスターは今日は やけに機嫌がいい
店には今日も長渕が流れている

落研の男の子たちが、マスターを囲んでいる。
勉強好きな私は、二年も余計に同じクラスを取っていたのだが、
その男の子たちの中には、同じクラスの子がいた。
気恥ずかしい気持ちもあったが、
フレンドリーに話しかけてくれる彼らに好感を持っていた。

部活は引退していた。
浮いた話しもない。
しぼんだように学生生活を送っていた。

「そういや、そろそろ就活でしょう。どうすんの?」

「どうするんですかね〜」
魂の抜けたような声でコーヒーを頼んだ

店の真ん中にある柱には、
卒業生の名刺がびっしり貼ってあった。
そして、気になる業界の先輩に
マスターが取り次いでくださるのだ。

コーヒーを淹れながら、
タバコくわえたマスターが、
ステレオから遅れて口ずさむ
長渕が聴こえてくる

前の年、マスターがとても可愛がっていた、
僕から言えばずっと先輩にあたる方が亡くなった。

亡くなる数日前にプレゼントされた
長渕のCDを、その先輩を偲んで
一日中ずっとかけているらしい。

「頭でっかちになっちゃいかんよ。」

「そうですね…」

ふと長渕が聴こえてくる。
マスターが好きな『西新宿の親父の唄』だ

続けざまに苦しそうなせきばらいをしてた
西新宿の飲み屋の親父が昨日死んだ

「俺の命もそろそろかな」って
吸っちゃいけねえ タバコふかし
「日本も今じゃクラゲになっちまった」って笑ってた

わりと寂しい葬式で春の光がやたら目をつきさしてた
考えてみりゃ親父はいい時に死んだのかもしれねえ

地響きがガンガンと工事現場に響きわたり
やがて親父の店にも新しいビルが建つという

銭にならねえ歌を唄ってた俺に 親父はいつも
しわがれ声で俺を怒鳴ってた

錆ついた包丁研ぎ とれたての鯛をさばき
「出世払いでいいからとっとと食え」って言ってた

「やるなら今しかねえ やるなら今しかねえ」
66の親父の口癖は「やるなら今しかねえ」  

あぁ、マスター…
やるしかねぇよな…

MITA FLAG 飯田 将嗣

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