マスター~回想録~vol.9
なかなか物事が進まないとき、
何か、世間に取り残された気になるとき、
誰しも、心のもやつきが拭えないことがある。
私も、ここのところ、
そんなことが多い。
ふと、あることを思い出した。
*
確か、私が大学2年生の頃だったと思う。
友人が、相談があるというのだ。
ついては、彼の家まで来てほしいと。
特にやることもなかった私は、
おいそれと、呼ばれるがまま行くことにした。
他人の悩みは、蜜の味、
はたして、本当にそうなのだろうか?
彼の部屋につくと、
単刀直入に、
「心がもやつく」というのだ。
まあ落ち着け、どういうことや?
と話を聞くと、
「ある人を好きになるかもしれない…」
というのだ。
ん?どういうことや?
さらに聞くと、
「もし、好きになったら、振られる可能性が出てくる」
というのだ、
恋の悩みか…
いささか、リスク回避が早過ぎる
と思ったが、
話を聞くことにした。
どうやら、
実は既に少し好きなのだが、もっと好きになるのが怖い。
なぜならば、最後はきっと告白をすることになる、
そうすれば、嫌われる可能性も出てくる。
それが一番怖い。
もちろん、成功する可能性もあるわけだが、
まだその可能性は低い。
まずは自己肯定感を高めてから臨みたい。ということだった。
進むに進めない、時間がかかる。
時間がかかると、
そもそものチャンスを失いかねない。
早まると、おじゃんになる可能性も高い。
これは重症だと思った。
とはいえ、かくいう私も、
当時、同じような悩みを抱えていたこともあり、
とにかく彼の悩みに付き合うことにした。
*
プランはこうだ
まずは、手っ取り早く自己肯定感を高めるべく、
ちょっと遠くまで、出かけて気分転換をしつつ、
ちょっとしたチャレンジをしよう。
そうすると、なんだか、よくわからないが、
見えない力が働いて、
運命が好転し出すのではないか?
ややスピリチュアルな世界に傾倒しつつあり、
それならば、江の島あたりがいいのではないか?
ということで、さっそく向かった。
*
季節は9月半ば、台風が近づいていた。
空も、もやついていた。
東海道線で何を話したか忘れたが、
藤沢で乗り換えるべきところ、
茅ヶ崎という湘南っぽい響きに惑わされ、
二駅も乗り過ごしてしまった。
自己肯定感が一向に高まらないのは、
こういうことの積み重ねからなのではないだろうか?
と思ったが、二人とも決して口にしなかった。
ピンチをチャンスに
「よし、歩こう」
「おう❢」
海岸線を二人で、歩いた。
しかし、東海道線の二駅の長さを甘く見ていた我々は、
すぐに後悔することになった。
雨が強まり、波も高く
私は、延々と続く砂浜と海岸線に
合宿の最大の難所、馬跳びを思い出した。
急に胸が苦しくなった。
*
やっとこさ、
江の島が見えたころには、夜の7時、
砂浜から、防波堤に上がろうとしたその時、
ザッパーン…
危うく、波にさらわれるところだった…
そうだ、台風が近づいていたんだった…
青ざめた私は、
故郷の祖父の言葉が思い出された、
「台風んときは、用水路見に行っちゃだめじゃ…」
そして、
次の日の新聞の見出しが頭に浮かんだ
「台風前夜、男子大学生二名 行方不明 心中か」
*
東海道線での帰り道
心のもやは、晴れるばかりか、一層分厚くなる一方だった。
数日後、
マスターにも報告した。
煙草ぷかぷかしながら、
「ばかなことしてるね~」
本当にばかな私は、誉め言葉だと思い、
コーヒーの覚醒効果もあってか、
すこし、勇気がわいてきた。
若さとは、時として、危うさでもある。
男の子はいつまでたっても
中二の二学期なのだ。
そして、大人になると分かる。
恋のリスクヘッジは大変危険だと。
一途で、一直線に玉砕した方が、まだよい。
そういうことが分かってくる。
ただ、友よ、
分かっていたら、教えてほしい、
あの日はいったい何だったのかと。
*
ああ、コーヒーが飲みたくなってきた。
今回は、このあたりで。
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