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マスター~回想録~vol.9

なかなか物事が進まないとき、
何か、世間に取り残された気になるとき、

誰しも、心のもやつきが拭えないことがある。

私も、ここのところ、
そんなことが多い。

ふと、あることを思い出した。

確か、私が大学2年生の頃だったと思う。
友人が、相談があるというのだ。
ついては、彼の家まで来てほしいと。

特にやることもなかった私は、
おいそれと、呼ばれるがまま行くことにした。

他人の悩みは、蜜の味、
はたして、本当にそうなのだろうか?

彼の部屋につくと、
単刀直入に、
「心がもやつく」というのだ。

まあ落ち着け、どういうことや?
と話を聞くと、

「ある人を好きになるかもしれない…」

というのだ。

ん?どういうことや?
さらに聞くと、

「もし、好きになったら、振られる可能性が出てくる」

というのだ、

恋の悩みか…

いささか、リスク回避が早過ぎる
と思ったが、

話を聞くことにした。

どうやら、
実は既に少し好きなのだが、もっと好きになるのが怖い。
なぜならば、最後はきっと告白をすることになる、
そうすれば、嫌われる可能性も出てくる。
それが一番怖い。
もちろん、成功する可能性もあるわけだが、
まだその可能性は低い。

まずは自己肯定感を高めてから臨みたい。ということだった。

進むに進めない、時間がかかる。
時間がかかると、
そもそものチャンスを失いかねない。
早まると、おじゃんになる可能性も高い。

これは重症だと思った。

とはいえ、かくいう私も、
当時、同じような悩みを抱えていたこともあり、

とにかく彼の悩みに付き合うことにした。

プランはこうだ

まずは、手っ取り早く自己肯定感を高めるべく、

ちょっと遠くまで、出かけて気分転換をしつつ、
ちょっとしたチャレンジをしよう。

そうすると、なんだか、よくわからないが、
見えない力が働いて、
運命が好転し出すのではないか?
ややスピリチュアルな世界に傾倒しつつあり、

それならば、江の島あたりがいいのではないか?

ということで、さっそく向かった。

季節は9月半ば、台風が近づいていた。
空も、もやついていた。

東海道線で何を話したか忘れたが、
藤沢で乗り換えるべきところ、
茅ヶ崎という湘南っぽい響きに惑わされ、
二駅も乗り過ごしてしまった。

自己肯定感が一向に高まらないのは、
こういうことの積み重ねからなのではないだろうか?
と思ったが、二人とも決して口にしなかった。

ピンチをチャンスに
「よし、歩こう」
「おう❢」

海岸線を二人で、歩いた。

しかし、東海道線の二駅の長さを甘く見ていた我々は、
すぐに後悔することになった。

雨が強まり、波も高く
私は、延々と続く砂浜と海岸線に
合宿の最大の難所、馬跳びを思い出した。
急に胸が苦しくなった。

やっとこさ、
江の島が見えたころには、夜の7時、
砂浜から、防波堤に上がろうとしたその時、

ザッパーン…

危うく、波にさらわれるところだった…

そうだ、台風が近づいていたんだった…

青ざめた私は、
故郷の祖父の言葉が思い出された、

「台風んときは、用水路見に行っちゃだめじゃ…」

そして、
次の日の新聞の見出しが頭に浮かんだ

「台風前夜、男子大学生二名 行方不明 心中か」

東海道線での帰り道
心のもやは、晴れるばかりか、一層分厚くなる一方だった。

数日後、
マスターにも報告した。

煙草ぷかぷかしながら、

「ばかなことしてるね~」

本当にばかな私は、誉め言葉だと思い、

コーヒーの覚醒効果もあってか、
すこし、勇気がわいてきた。

若さとは、時として、危うさでもある。

男の子はいつまでたっても
中二の二学期なのだ。

そして、大人になると分かる。
恋のリスクヘッジは大変危険だと。

一途で、一直線に玉砕した方が、まだよい。
そういうことが分かってくる。

ただ、友よ、
分かっていたら、教えてほしい、
あの日はいったい何だったのかと。

ああ、コーヒーが飲みたくなってきた。
今回は、このあたりで。

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