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白紙

高校3年の冬、僕は1ヶ月と半年付き合っていた彼女にフラれ、そして大学受験に失敗した。

小学生くらいの頃からなんとなく抱いていた教師という夢を捨てたのも多分この時だった。

元々勉強は不得意で、その上暗記科目が苦手だからなんて適当な理由で理系に進んでしまったのが大きな間違いであった。ただ、今更どれだけ後悔しようと遅い、もう「全て」終わってしまった事なのだから。


なんとか滑り止めの滑り止めのような私立大学に入学する事はできたが僕は人生の終わりを感じざるを得なかった。

学歴コンプレックスというものは理屈じゃない。

勉強しなかったのは自分なのに笑えるな。

大学は僕が住んでいる町よりずっと都会にあって大体電車で片道1時間くらいかかるのだけれど、一人暮らしはお金がかかるしなんとか通える範囲でもあったから僕は電車で大学に通う事にした。ただ、高校以前の知り合いとは出来る限り会いたくなかったから一人暮らしが良かったなんて思ってもいたけれど、そんな我儘は言えるはずもなかった。

大学に通い始めて、案外電車は嫌いじゃないなと思った。

イヤホンを付けて曲を聴きながらひたすらにボーッとしたり、この往復2時間という時間を無駄にしまいと読書なんかにも挑戦したりもしたが5行目あたりから文字が何行にも分身し始めるものだから3日目で諦めた。

大学が初まってからの1週間はオリエンテーションみたいなものが主で本格的に授業が始まったのは2週目あたりからだった。

大学は自分の好きなように授業が受けられるなんて噂を聞いていたけれど1年生はどうやら必修というものがあるらしくそのため前期も後期も時間割はほぼ決められていた。


大学に通い始めて約2週間、それなりに友達もできたし何よりも都会での大学生活に少し浮かれていた。1日の終わり、少し日の暮れた街で友達と歩くのはなんだかエモいなぁなんて事を思ったりもして。

大学から最寄駅までは歩いて10分と少し。

その最寄駅から3駅、僕は友達と別れ田舎へと続く電車に乗り換える為にここで1人下車する。

「じゃあね、また月曜日」

友達と別れの挨拶を交わし30分に一本しかない田舎行きの電車に乗り遅れないように、少し早足で駅のホームへと向かう。偶然にも一昨日、先頭車両が比較的空いている事を発見した僕は他のやつとは少し違うぞと言わんばかりにドヤ顔を決めながらホームの階段を降りる。なんとか電車に乗れそうだなと昨日、一昨日と同じように1番と書いてある乗車口付近の列に並んだ。

よし、前には2人だけしか並んでないから余裕で座れそうだな…。

自分の体の一部と化しているスマホをおもむろに取り出し電車を待つ。

時刻は17時03分。

駅のホーム、2番線。乗車口1番。

僕の横に新しく人が来た。先頭車両が空いている事をわかっているなんてなかなかやるじゃないかなんて自分だって一昨日発見したばかりなのに心の中で先輩気取りをした。

ふと、横に目をやる。


そこにいたのは元、僕の彼女だった。


「2番線に列車が参ります、黄色い線までお下がりください。乗車口1番から8番の前でお待ち下さい。」

癖のある駅員さんのアナウンスで一瞬止まった僕の時間はまた動き始める。

僕の視線を感じてか彼女もこちらに目をやり、僕の存在に気づく。

「え…あ…久しぶり…。」

彼女の声からは驚きと少しの気まずさが感じられる。

お互いに、今目の前で起こっている現状を理解するのに少しの時間が必要だ。

一ヶ月前までは同じ学校に通っていたけど、実際に話すのはいつぶりだろうか、確かに「久しぶり」だな、とか彼女の私服を見るのはもっと久しぶりだな、なんていろいろな事が頭の中を巡り、やっとの思いで僕も「久しぶり」とそう口にした。

それと同時に電車がきた。

プシュー  ピコンピコン

ドアが開く。

何となくの流れのまま僕らは隣り合わせの席に座った。いいや、僕は意図して彼女との流れを切らなかった。切りたくなかった。

電車がゆっくりと動き始める。

「T大学だったっけ?」

何か話題を投げかけないと話が終わってしまう。出来るだけ当たり障りの無い話題を選んだつもりだった。

「あれ?言ったっけ?」

彼女は不思議そうな顔で僕を見る。

「あー…友達に聞いた。」

しまった、余計な事を聞くんじゃなかった。いやでも逆になんで教えてくれなかったんだ、その頃はまだ付き合っていたハズなのにな…。

心の中で終わってしまったあの頃を引きずっている僕がいる。

「なるほど、そっちはえっと…どこに通ってるの?」

会話を重ねる度に自分の彼女に対する関心度と彼女の僕に対する関心度の差で勝手に1人で傷付く。

ただ彼女には悪気はない。純粋な疑問として今僕に質問しているだけだ…。

他愛もない会話が続く。

何故だろうか。

それからの1時間、不思議と話が盛り上がった。

お互いに過去の事は無かったかの様に、お互いが友達であった頃の様に、付き合い始めたあの頃の様に。

それから毎週金曜日の17時03分、2番線の乗車口1番で僕たちは待ち合わせをした。

LINE等で一切連絡を取る事はしなかったし、来週また一緒に帰ろうと約束することもしなかったが彼女は毎週同じ時間に同じ場所に来てくれた。

いろいろな話をした。1週間のうちにあったこと、高校の友達について、何を勉強しているのか、何を目指しているか。

田舎行きの電車の中の僕らは僕らが付き合っていた頃以上に、恋人らしかった。

だけれど、僕らの関係が元に戻る事はなかったし、付き合っていた頃の話はお互いにしようとしなかった。もしかしたから彼女は本当に過去の事は無かったことにしていたのかも知れない。


それから約15週が過ぎた。

今日で大学1年の前期が終わる。

もしかすると今日が最後かもしれないと思ったがいつもの様に他愛もない会話で盛り上がった。

「じゃあ、良い夏休みを。」

帰り際、僕は言う。

「じゃあね。」

帰り際、彼女は言った。


それから長い夏休みが終わり後期がやってきた。


そして、彼女と会う事は二度と無かった。


ふとした時にLINEを見たら彼女の連絡先は無くなっていて、SNSもそっとフォローが外れていて、鍵が付いていた。

ただ僕はそれ程までに落ち込んでいなかった。

むしろ終わってしまったあの頃の一ヶ月と半年を取り戻せたようなそんか気がして僕は幸せだった。だからこそ、これ以上求めるのはいけない事だとそう思ってしまった。


「僕たちはやっと白紙に戻れたのかな。」

そう呟いて僕は今日も17時03分、2番線、乗車口1番から田舎行きの電車へと乗り込んだ。

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