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灼熱の「推し旅」2024 #1 清少納言歌碑(泉涌寺)・藤原定子墓所(鳥戸野陵) 京都市 - 華のおんなソロ旅

 今年のソロ旅のテーマは、大河ドラマ光る君へ」の影響で「雅な平安朝を訪ねて」にしたのだが、この夏、灼熱の京都大津に出向いてきたので記したい。いやあ、暑かった。よく無事に帰ってきたものだ。

 いつものように予め行程を考えていたのだが、この一日目はあまりに暑いので、京都入りするまでの間に、よほど予定を組み換えようかと悩んだほどだ。よりにもよって今日は結構歩くことになる。だが、京都駅に降り立ったとたん、行かなくてどうする、と妙な根性が湧いてきた。ここで「なぎこさん」(私は清少納言のことをこう呼んでいる・詳しくは以前の記事をご参照のこと)詣でをあきらめて、なんの「推し旅」ぞ。というわけで「外出は極力控えてください」との公報もなんのその、ある意味、無謀な旅は始まった。

 最初に出向いたのは、なぎこさんが近くで晩年を過ごしたと伝わる、泉涌寺(せんにゅうじ)である。市バスに乗って「泉涌寺通」で降りれば、あとは何か目印があるだろうと思っていたのが甘かった。バス停から奥に入っていくはずだが、どちらの住宅街の方か。住宅地図の前で立ち止まっていたら、おじさんに声をかけられた。

 おじさん「どこに行きたいの。東福寺ならこっちの方だよ」
 私 「いえ、泉涌寺に行きたいんですが」
 おじさん 「せんにゅうじ・・???。どこだっけ。・・東福寺ならこっち。」
 私   「・・泉涌寺なんですが・・・」
 おじさん 「・・ネットで調べるのがいいよ、ネット ! 」
 私  「・・ありがとうございます。そうします・・。」

 地元の方でもすぐにはわからないとは、と暗澹たる気分に。私の方向音痴はもう筋金入りで、もちろんナビは使うのだがなぜかとんでもないところに連れていかれてしまう。今回はそれに加えてアクシデントが。あまりの気温の高さにスマホがヒートして、明度が下がって画面は見えなくなるは、カメラは作動しないは。慌てて自販機で冷たい水を買ってボトルを押し付けて冷やす。いったい何をしとるんじゃ、私は(笑)。
 案の定、迷いに迷ったが、なんとか泉涌寺の入口に辿りついたときにはすでにヨレヨレだったが、大門から境内に入っていくことに。

 まず、入ってすぐの左の堂内に安置されているのが楊貴妃観音像。1230年に南宗から譲り受けたとのこと。ふっくらして穏やかな表情は菩薩のよう。楊貴妃というと細面のイメージだったが少し意外であった。上唇の上にひげのようなもの書かれているが、これは魔除けのお守りのようなものでひげではないんですよ、と注釈があって興味深かった。

 入口から本坊までは、道を下っていくという珍しい参道である。
 泉涌寺は、「御寺(みでら)」とも称されるが、古くからの皇室の菩提寺だからである。天皇・皇后も拝観されたとのこと、由緒正しく静謐なただずまい。伽藍拝観と、皇族が参拝されるときの休息のための御座所海会堂も観られる特別拝観があり、今回は両方観ることができた。オーバーツーリズムが話題となる京都だが、泉涌寺にはほとんど人がいなくて穴場である。もっとも、御座所の庭園の紅葉の美しさは有名なので、その時期には混みあうのかもしれない。

楊貴妃観音堂
泉涌寺 入口
仏殿
大門
仏殿
霊明殿と唐門 非公開
勅使門
舎利殿
御座所 入り口
浴室

 さて、いよいよお目当ての清少納言の歌碑であるが、泉涌水屋形の左側にさりげなく石碑と供養塔があり、清少納言歌碑と立て札がなければ通り過ぎてしまうようなところである。泉涌寺のパンフレットにも記載はない。
歌は、「夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ」という、百人一首に採用された有名なものだが、石を見ても、言われなければわからないほど傷んでいる。こういうときには裏側にヒントがあるので廻って見てみたら、この碑は昭和49年に平安博物館が建立したことになっているが、その後、メンテナンスをした様子はない。碑や供養塔の前でなぎこさんを偲んでいると、なんだかモヤモヤしてきた。私の知っている限り、なぎこさんの記念碑はここしかない。平安女流文学者と並び称された紫式部には立派な墓や像があるのに、この扱いの差はどうしたことか。やはり、いかになぎこさんへの評価が不当に低かったかの証左ではないかと思い、悔しくなった。大河のおかげで話題にもなったし、どなたか像を建ててくれないかしら。

清少納言 供養塔
泉涌水屋形
歌碑 目をこらすとかろうじてひらがなが読める
歌碑の裏側

  泉涌寺に来たなら、なぎこさんがこの地で偲んでいたという、藤原定子の墓所、鳥戸野陵(とりべのりょう)に行ってみたいと思うのが人情である。ここからまたナビでへんなところに連れていかれて、一般の墓地の中を徘徊したりしながらようやく墓所への上り口にたどり着いたときには、ホッとした。
 ここには、後の世に火葬された他の皇后たちも眠っているが、「一條天皇皇后定子 鳥戸野陵」と大きく記されている。なぎこさん、きっとあなたは悪道もなんのその、足繫くここに通ってずっと定子の菩提を弔っていたのですね。1000年時を経ようと、人の想いは変わらないはず。そんなことをしみじみと炎天下の中で考え、しばし感慨にふけっていた。

ここから石段を上がる 70段×2 ぐらい


なぎこさん あなたの「聖地」に来ました
ここに定子が眠っている
鳥戸野陵の掲示
傾斜があり、石張りが足にキツイ
参道途中に
泉涌寺からの道 カラスが鳴いている イノシシでも出そう

 下界に降りてきて、市バスで京都駅まで、バスを乗り換えて今日の宿へ。京都では観光客を見越して新しく良い宿が続々と展開されている。今回、連泊することになった宿の決め手はなにかというと、スイーツや、アルコール等のドリンクをフリーで提供するラウンジサービスが充実していることで、行く前から楽しみにしていた。ここのすごいところは、フリーのアルコールの種類が通りいっぺんではないことで、居酒屋の飲み放題メニューでもこうは充実していない。本当にこんなにいただいてもいいんですか、と聞きたくなるくらい。あまり見苦しくはならないようにしようかと思ったが、暑くて、格好のビール日和。結局ずいぶん飲んじゃった(笑)。

これだけ飲めるんです
日本酒も豪華 佐々木酒造の聚楽第が !
まずはエールのビールで乾杯
窓際の席が取れた 涼し気な風情
ロゼのスパークリングワイン ビスコットが気に入った
右側が聚楽第 和のおつまみも充実

 夕食は、今日は持ち帰りのお弁当を。ガイド本で見た料亭のお持ち帰り弁当がとても美しかったので、予約をして、京都駅で受け取って持って帰ってきた。本当は、このラウンジでビール片手に食べようと思って、ホテルにも持ち込みの了解を取っていたのだが、いざラウンジに行ってみると、海外の方などがラウンジサービスのスナック片手にスマートに飲んでいる。人目をあまり気にしない私もさすがにここでお弁当を拡げる気にはなれず、部屋に持ち帰って食べることにした。お風呂あがりにグーグルテレビを観ながらだが、これはこれでよかったわ。

美しいお弁当でした おかずもぎっしり

 明日は、石山寺車折神社に行きます。