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ポエム帳

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酔っぱらったときに書きます。
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#cakesコンテスト

10号線のライムライト

午前二時、彼は今夜もあのバーから出てきた。薄手のコートを月風にはためかせて、細く長い影を伸ばす。私は彼のあとをこっそりと追いながら、ひたすら国道の乾いた風を浴びた。ときどきトラックが過ぎるたび、少し煙たい。
彼の名前はわかっている。住所も、職業も、生い立ちも、とうに調査済みである。それから、今夜飲んだカクテルの名前さえ。
彼の家は坂道の途中にある。そばに小さな神社がある。耳の遠い老婆の営むクリーニ

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小さな窓のある部屋

 白衣の色は水色だった。水色なのに白衣と呼ぶのはいささか矛盾を感じるけれど、矛盾のない物事の方が少ないこの世の中では、たとえ白衣と喪服とを言い違えたって、なんら差し障りのないことだろう。あるいは私にとって、それは喪服と呼ぶのが最適だったかもしれない。その色を、いつもは大好きな空の色にたとえるのに、今日はまっ先に青ざめた死人の顔色が浮かんだ。その袖口から覗いた細い手首の色が、またぞっとするほど白かっ

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夕暮れの回廊

 旅をしながら、空を見上げて、星が無数に燈る、真昼のような夜の中で、思わず吸い込んで、それから吐いた息の白さに、夏の終りを知る。
 終着駅は人影少なく、酒のにおい、香水のにおい、遠ざかる靴音。ポケットの切符を探り、歩道橋を渡る。渡りながら、線路のずっとおしまいの、街あかりのまだ向う、地平の果てを捜した。夜が滲んで地平と溶け合っているようだった。
 思い出されるは八月の煌めき。捲った袖の陽灼けの痕。

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