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【短編】憧憬・軽傷・かすり傷

【フィクション/創作】

あの日から、4ヶ月が経った。

先生が“停職”していたのを知っているのは、私だけだ。その間に私は学校を辞めてしまって、先生の顔はまだ見てない。1か月前に先生は復職したはずなのだが、とても会う気にはなれないだろう。
あれから、私はまだ社会に庇護されるべき小娘あることを身をもって知り、なんだかやるせなくなってしまって、この頃はずっとふらふらしている。先生……、ちょっとだけ痩せたらしい。冬は越せるのかしら。大丈夫かな。
たまに、秋の夜長に参ると、先生の連絡先を開く。必要最低限の事務的な会話履歴を見る。
新しく、メッセージを打つ。打つだけだ。送りはしない。増えたり減ったりする文字を、交互に眺めては思い返す。
少しづつ薄れていく中で、私の息と他人の体温と心音だけが鮮明に、身体で覚えていたものが、思い出されるのである。


私と数名しか集まらなかった粗末な夏期講習。
題材は「ヴィヨンの妻」。
ダメ旦那に踊るその奥さんは、健気で、強かで、可哀想だった。しかし、同時にそれを言い切ることが出来ないような喉の詰まりがある。
それが何なのか、考えている間に先生の声が浮かんでは消えていって、チャイムが蝉に混じって鳴った。


その日はやけに早い時間の授業で、先生と2人きりだったのがいけない。私は全てが終わったあと、暑そうに教壇の上に伸ばした先生の手の甲を、覆って、言った。

「先生にはこういう・・・・ひとは居るんですか」
……あまりに性急だった。
もっと他に言い方があったかもしれない。
やけに含みがかった、痛ましさというか、不憫さがにおっていた。

「私は先生のそういう・・・・ひとにはなれませんか」
先生は、どんな目をしていたのだろうか。
私は自分の支離滅裂な発言に気づくこともないまま、愚かにもこう続けたのである。
「先生、好きです」
「先生……」
一方的な手のひらが、湿る。
既に後戻り出来ない。
死、だ。
死‼️

「大丈夫、君は僕が好きだよ」

正面の太い喉から、理解し難い一言が聞こえた。
一瞬頭がキンと冷めるような一言だった。
乙女の漏らした告白はら茶番と化したの
「あ、これは映画の台詞で」
前やってただろ、ほら、二階堂ふみが出てる太宰の。正確には太宰作品の映画化ではないが……などとぶつくさ言っているが、届きはしまい。
「バカだなあ、先生」

も1度伸ばした手は、手のひらではなく腕を掴んで、目の前にごわごわの頬がリーチした。
じっと見る。
触れてもいいような気がしてならない。
「せんせい」

……

これが5か月前のことである。
いやー、早い。
そこからは ときどき、場所を選んで会うようになった。
色々なことをした。
そして翌月あのザマである。
はっきり言う。しょうもない!
一瞬のロマンスは聖職の汚濁により、締められたのだった。

私は時々寂しく目を潤ませるが、現実の洗礼に目を覚ました。と、思いたいのだが
改めて振り返ると最悪だな

餞別のひとつでもしておけばよかったけど。





オマケ

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