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痴れ者

「あいつは本当にお前の『叔父』なのか?」
夕日が差す机を挟み、俺は彼女に尋ねた。

彼女は薄く見えない微笑を纏っているだけで、その口は可愛らしく噤まれるのみである。
「何を疑うことがあるの」
二つのビイドロが俺を捕えて……蛇が蛙を睨むように、じっとこちらを見ている。

その目は何を見ているのだ。
俺への憐憫か?蔑みのつもりか?
いいや違う……。あれは支配だ、俺がお前に屈するのを待っているのだ。あれは、玉座に座るものが組んだ足先のように傲慢で冷静な目線だ。その座がただのイスであることをまるで知らない、思いつきもしない、白痴の自信であり美しさであるのだ。
「すまない。取り乱した。……信じるよ」
「聞き分けのいい子ね、先生」
ああ!
殺してやりたい。

今、このまま、この生意気な小娘の細い首を俺の大きな手で絞めてやったら……想像することすら憚れる恐ろしい恍惚は、脳味噌の海をすっかり呑み込んでしまうのだろうか。彼女のゆがんだ表情、だらしなく開かれた唇、俺の手には、乳臭い皮脂がこびりついて、俺は死んだ肉体とそれが漏らした小便の横でそれをじっと嗅ぐのだ。音を立てて、鼻を鳴らして、きっと派手に……。

「先生」
俺は彼女を殺せやしない。分かりきったことを。
「それで、考えてくれましたか。あの返事……」
彼女が首を少し傾け、黒い髪がさらさら流れ落ちた。
少し俯いて目線を外したかと思うと、彼女は椅子を立って机に沿ってこちらへ歩き出した。

「ねえ先生。わたし、先生にだったら、何をされてもいい、、、、、、、、、
思わず、ぎょっとした。
膝から崩れ落ちそうな失望と恥じらう乙女の顔をする彼女にどのような返答をするべきか分からず、ただ黙っていることしかできない。唖然としたまま腰に体重がかかる。彼女が俺を抱きしめていた。俺の腹に顔をうずめるようにして、寄りかかっていた。その頬は桃のように手触りがよさそうで、食べ頃に熟れて紅潮させている。
何をされてもいいだって。
何をされてもいいだって?
冗談じゃない。
俺はお前に従属するつもりで、召使や下男や奴隷のように、お前の差し出すもの皆咀嚼し嚥下してきたのに、だ。現に俺を見ていたじゃないか。あの冷ややかで、張り詰めた、すべてを見透かした捕食者の目で!
今更お前が恥じらいながら何をされてもいいなんて、そんなことがあっていいはずがない。
お前は、いいや、君は、あなたは、俺の……。
「すまない」
気づいた時には、口を突いて出ていた。
「すまない……」
何度も繰り返しこう言った。
それから数秒か数分か数時間が過ぎ、部屋には青白い空気が満ちた。
ようやく肌寒さをおぼえたとき、彼女はこちらを向いてこう言った。

「知ってるの、先生がわたしで淫らな想像してること」 

血の凍る思いだった。
彼女は俺にしがみついたまま、続けて言う。
「ほんとうは頭を踏みつけると喜ぶこと」
「ほんとうは蹴られたり虐められたりしたいこと」
「ほんとうはわたしに飼われていたいこと」
「わたしと普通の生活をして、その仕草に猥雑な懸想をしていること」
 
「ね、すごいでしょ」
そうはにかむ姿は、全く平凡な少女そのものであった。
「わたしは先生になら、何をされてもいい、、、、、、、、よ」
「先生がわたしに重ねる妄想も、被虐癖も、気持ち悪い懸想も、オナニーも」
「奴隷扱いだってなんだってしてあげる。可哀そうだもの……」
彼女の口吻はまさに、俺の見出した鋭さそのものであった!
自然に彼女の前へ膝をついた。
柔らかな手が、無精ひげのまばらな顎をそっと撫でる。
俺は、年甲斐もなく惚けた表情で、愛より甘い言葉を享受していた。
近くのイスに腰かけた彼女が、俺の肩に右足を掛ける。
さしずめ爵位を叙勲するアコレードといったところか。
俺は幼き女王の御足に両腕を添わせ、鼻を寄せて静かに接吻した……。

(終)

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