湯浅万貴子インタビュー -【連載】家船参加作家 / CLIP.6-

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作品「家船」は多数の作家と地元住民、様々な協力者によって共同制作されている。この作品への参加作家が個人では普段どのような活動や制作をしているのか、レビューとレポート3月号「家船特集」を皮切りに、各人へのインタビュー記事を連載形式で掲載する。
今回は湯浅万貴子へインタビューを行った。


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撮影=FUJIMORI MEGUMI

湯浅 万貴子(ゆあさ まきこ)
画家
1988年10月8日生まれ 新潟市出身
東北生活文化大学家政学部生活美術学科退学
2011年 “petit”GEISAI#15 Point Ranking ふたり展(Hidari Zingaro)
2019年 amṛta(s+arts)※三毛あんりとの二人展


(聞き手=KOURYOU)
ー湯浅さんの活動や作品についてご紹介いただけますか?
湯浅:
私は現在、点描と箔で構成した作品を制作しています。主に、人間の身体や木の根などモチーフをデフォルメしたものを点描画で表現し、背景はアクリル絵の具に色箔を使用しています(図1)。


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図1 「さようならの亡骸」2019年 撮影=湯浅 万貴子

ー私が湯浅さんの作品を初めて見たのは三毛あんりさんとの二人展ででした。顔の描き方のインパクトが強い三毛さんの作品とは対照的に、湯浅さんは顔を排した身体のみを何作も描かれていますよね。
湯浅:「身体シリーズ」は私の作品の中で一番多く制作しているものです。モチーフは「デフォルメした人間の身体」です。古代から現代まで世界にはデフォルメされた人間が溢れ 、世界の変化と共に歪曲し続けていく人間たちに興味を持ちました。デフォルメしたからこそ得る身体の美しさと、自分のその時の心情などを点描で織り交ぜて制作しています。


ー「身体シリーズ」の作品をいくつか拝見して、頭、手足がない女性の胴体のみが横たわっていたり、可愛い置物のようにチョコンと配置されたりしている作品が多い印象を受けました。ですが「さようならの亡骸」では頭部の位置に血のような赤が塗りこめられていて、かつて頭があった事を想像させます。
湯浅:身体はただの「容れもの」にすぎない、という考えがあるので、より物体感を出したいと思い、頭や手足を排するようになりました。女性をモチーフにすることが多いのですが、女性の象徴的なものって胴体にかたまってますよね。なので女性の美しいフォルムを出来るだけ簡潔に、としていったら今のモチーフの形になりました。
「さようならの亡骸」については、かなり私的に迫った作品になります。丁度描きだす時と、 私生活でひとつの区切りをつける決断をした時期とが重なりました。 「亡骸」という言葉を使うと生々しく自分が思っている「物体化」とかけ離れてしまうのではと悩みましたが、本当に死んでもおかしくなかったので、画家としてこの私を遺さないといけないなと思い、赤貝箔とアクリル絵具で煌々と赤を画面に出して「肉」、「血」を連想させて、敢えて「亡骸」を強く強調してみました。


ー身体だけでなく、木の根もモチーフに制作されているんですね。
湯浅:
「the rootsシリーズ」(図2)のモチーフは「木の根」です。私たちの文化に密接に関係があり、祭祀に深い関わりを持っている、神秘的な魅力がある木という存在に視点を当てた作品です。


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図2 「the roots Ⅳ」2018年 赤貝箔、銅箔、アクリル絵具、インク 撮影=湯浅 万貴子

湯浅:根っこの部分を、人間の普段目に見えない部分として、潜在的な魅力とその畏怖を引きずり出して作品にすることにより、人間と木の生命的な強い繋がりを感じさせるシリーズです。


ー背景の空間に箔を使用するのはなぜなのでしょう?
湯浅:
私にとって箔を使用することは、現実には存在し得ない亜空間を生み出すことです。記憶的な要素もない、非現実的で出来るだけ無機質な空間を創ることによって点描画のモチーフを際立たせたいと思っています。私の作品は時間の経過を伴う構成になっています。箔は硫化していき、純銀箔の場合は、中金という色を挟んで徐々に黒箔へと硫化していきます。私は、あえて硫化し続ける箔を使用することが多いです。それは、硫化していく箔の背景と点描で描かれた身体の掛け合いの印象までもが時間とともに変化していくのを味わってもらいたいのと、作品が「劣化」するということではなく、人間の心情や外の世界に寄り添う作品にしたいからです。


ー展示会場でも時間経過による箔の変化についてお話しして下さって、とても面白かったです。点描で描く事についてはどう捉えられていますか?
湯浅:点描画の表現を、ただの陰影を付ける道具にしたくない、という思いが強くあります。私たちの身体を成り立たせている、皮膚、血管、筋肉など、その中の細胞の集合体と点描で表現する点の集合体との類似点、もっと言ってしまえば、ひとつの点による膨張で出来た宇宙、その繋がりに強く惹かれました。そして、点をひとつずつ自分の中から生み出すことによって、自分を新たに形成しているかのような、宇宙を生み出しているような感覚になります。(図3)(図4)


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図3 新作100号の一部 撮影=FUJIMORI MEGUMI


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図4 新作100号の一部 撮影=FUJIMORI MEGUMI


ー「家船」では湯浅さんに神棚に祀られている航海の守護女神「媽祖(まそ)」を制作していただきました(図5)。台湾の媽祖像の中に冠の珠簾(しゅれん)が顔全体を覆うほど長いものもあったので、湯浅さんに制作していただけると面白いなと思ったのですが、どのような事を意識されましたか?
湯浅:
出身地が新潟県の日本海側なのですが、海に「平穏」という印象はあまりなく、冬の猛吹雪の中の荒波の怖さの印象がどうしても強いです。なので、荒波に抗う人間を見ている女神様という最初のイメージを大切にして、すこしでも禍々しくなるように描きました。


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図5 「家船」神棚の神様の一体「媽祖」 撮影=湯浅 万貴子

湯浅:千里眼と順風耳(じゅんぷうじ)の邪神二神を従えているということなので、背景の銀を千里眼、黒を順風耳に見立てています。
普段は色箔をがんがん使用する作風ですが、シャイな女神様なので、あまりギラギラし過ぎないようにしました。あと、現地の環境がよく把握できていなかったので、箔は使用しないほうがよいかなと。海の近くだと潮風で箔の硫化がとても早いので。今思うと、硫化の時間経過なども織り交ぜたら面白かったのかなと思いますが、小さな作品だったので箔をメインにしてしまうとわけがわからなくなりそうでもありました。次回参加する時には潮風による硫化を計算に入れた箔バリバリの作品など制作してみたいです。

「レビューとレポート」 第12号 2020年5月
(パワードbyみそにこみおでん)