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平間貴大インタビュー -【連載】家船参加作家 / CLIP.13-

作品「家船」は多数の作家と地元住民、様々な協力者によって共同制作されている。この作品への参加作家が個人では普段どのような活動や制作をしているのか、レビューとレポート3月号「家船特集」を皮切りに、各人へのインタビュー記事を連載形式で掲載する。
今回は平間貴大へインタビューを行った。

平間1

撮影:平間貴大

平間貴大(ひらま たかひろ)
1983年 茨城県生まれ。
2010年 - 2019年 グループ「新・方法」在籍
2016年 - アトリエ「野方ハイツ」メンバー
2017年 人工知能美学芸術展(沖縄科学技術大学院大学)
2018年 パラレルキョンシーズ(ギャラリーTOWED)
2020年 削除された図式 (ART TRACE GALLERY)


聞き手=KOURYOU
ー平間さんの今までの活動や作品についてご紹介いただけますか?お会いしたばかりの頃に音楽制作から美術に関わるようになった事を伺いました。

平間:1998年から99年まで街の楽器屋さんでベースを習っていました。そこではブルースやブギを教えてもらって毎週セッションをしていました。先生がギターで僕がベースでスリーコードでソロを順番に弾いていくという内容です。ある日先生から「ライブやるけどベース弾いてみるか?」と誘ってもらって99年に地元のバーで初めて人前で演奏をしました。店ではブルース・ブラザーズやロバート・ジョンソン、ハウリン・ウルフがかかっていて、店長に今何がかかっているのかを聞いてツタヤでレンタルして友達の家でMDに焼いてもらっていました。MDは再生装置しか持っていなかったので、ダビングできる友人の家で焼いてもらって聴いていました。こういった経験が音楽を演奏するようになったきっかけです。


ー平間さんは楽器の演奏より録音へのこだわりが強いように感じるのですが、それはどのようなきっかけからなのですか?

平間:2002年にCD-Rに録音できるMRS-802というMTRを買って、録音を始めました。2005年に友人のマット・アンダーソンが主催する「a conspiracy of mountain」から出たCDはこれで作りました。MTRのヘッドホンアウトからラインインに直接ケーブルを繋いでフィードバックさせて、それをボリュームフェーダーで制御して、8トラックをミックスしました。2012年に自分のウェブサイトを作る時にレーベルが消滅していることを知って悲しかったです。


ー現在MTRでミックスする方はほとんどいなくなってしまって、DAWに移行していると聞きます。平間さんはDAWで制作されたりはしないのですか?

平間:2003年にiBook G4を買ってから、付属の音楽ソフトのガレージバンドで録音した音源データの編集をしていました。その後2007年くらいになって、即興演奏の反動で、内蔵のサンプル音源のみで曲を作るようになりますが、どちらの使い方もDAWで楽曲制作というにはほど遠いほど単純な使い方しかしていないと思います。


ーDAWでは様々な事ができるそうですが、使い方を限定して制作されていたのですね。MTRでの制作の手触りのようなものに関心が強かったりしますか?

平間:MTRで制作していた時は、MTRの手触りに関心があるかどうかより、このMTRだけで音源が作れるかどうかの方が大事でした。電源ケーブルとシールドケーブルだけ繋いだ箱から自作CD-Rが焼ける、マシンの自己完結している感じに関心がありました。


ー美術作品を制作されるきっかけを教えていただけますか。

平間:2004年に青山CAY(1)でノイズ音楽の専門誌「電子雑音」が主宰する「ノイズのはらわた7」に行きました。Daniel MencheやBastard Noiseの来日を楽しみにしていたのですが、そこで見たChop Shopというアーティストのパフォーマンスを見た事でサウンド・オブジェへの興味を持ち始めました。今年アートトレースギャラリーで開催された半田晴子さん企画のグループ展「削除された図式 」(2)の出品作品(図1)は、その頃の発見を当時の感覚とはまったく違う形ですが、作品として実現出来たと思います。

平間図1


図1 ぶーぶー(はたらくくるま)2020 撮影:平間貴大

平間:2004年に代々木オフ・サイトというフリースペースで「ミーティング・アット・オフ・サイト」やその他いくつかのイベントを見て、オーナーの伊東篤宏さんが講義をしていた「サウンド視覚表現クラス」を受講するために美学校に入学しました。同時に西村陽一郎さんの「写真工房」も受講しました。サウンド視覚表現クラスでは大友良英、工藤キキ、山口小夜子、灰野敬二、青山真治、大竹伸朗(敬称略)など音楽以外のジャンルの方達もゲスト講師として講義をしていて面白かったです。

この頃は、音響派という非常に小さな音量で演奏をしたり無音部分が異常に長い曲を演奏するタイプの音楽に興味を持っていました。その頃僕はなにを作っていたかというと、カセットレコーダーで常に日常の音を録っていました。音響派の音楽を通して、このまま人間が出す音が無くなって欲しい、だけどフィールド録音的なものではなく、あくまで即興演奏として出力したい。そういう作品を作るために、レコーダーが楽器代わりで、演奏行為として録音をしていました。
そういう作品を個人で作りながら2007年くらいから直嶋岳史さんと「人数」というユニットを組んで活動しはじめました。直嶋さんは、大友良英さんのブログで音響即興の最右翼とも呼ばれたほど当時音響派に入れ込んでいたような人なのですが、本人はアナログシンセやキーボードにめちゃくちゃ詳しかったりする面白い人で、「人数」では主に作曲作品の演奏を行っていました。


ー個人で作られていた録音=演奏はどのような手法のものだったのでしょうか?

平間:当時家電量販店では空のカセットテープが1本15円とか20円で投げ売りされてて、見つけては買えるだけ買って録音していました。一日中録音していて、寝る時もレコーダーにカセットを一本入れて録音ボタンを押してから寝ていました。当時は録音する事が目的で、録り終わったカセットには興味がなくて聞き返さずにそのまま保管していましたが、保管するのも目的ではないので、録音済のカセットは捨てていました。現在保管しているのはその捨てられなかった分です。

2006年に廃棄されなかったカセットのうち43本を、43枚組CD-R『Recordingのおまけ』として販売しました。3セット分iBook G4で作りました。その後1度に2本同時に録れば2倍録音できることに気がついてレコーダーを増やしたりしましたが、2007年くらいから会議を録音するようなICレコーダーを使うようになって、だんだんペースも落ちてきてそのうちやめてしまいました。


ー演奏なので録音しても保管が目的ではないのですね。少し前にスピーカーを自作していると伺ったのですが、どのようなスピーカーに仕上がったのかとても気になっています。

平間:100円ショップでPC用のモニタースピーカーを買ってきて、スピーカーユニットを取り出してから、塩ビ管をエンクロージャーとして使いました。スピーカー工作では結構やっている人も多くて「塩ビ管スピーカー」で検索すると大量に出てきます。


ー録音行為をやめた後はどのような活動をされたのでしょうか?

平間:録音はいきなりやめたというよりは、激安カセットが買えなくなってしまったことからICレコーダーに持ち替えて録音自体はしていたのですが、つまらなくなってしまったので徐々にやらなくなってしまったという感じです。
2007年に大久保にあるカオリ座という珍しい写真集や雑誌「写真時代」のバックナンバーがたくさんおいてある名曲喫茶で「それを覆う持続」展という個展を開きました。そこで絵描きの齋藤祐平君と出会うことになり、Night TV(3)というグループを組みました。メンバーは齋藤君、アサさん 、僕の3人です。高円寺を中心に街中で展示をしたり、ゴミ捨て場で撤去されるまで作品を展示したり、漫画喫茶でアーティストレジデンスをやりました。齋藤君とは他にも50枚組CD-R BOX『Zerotica』を作ったり2人展を開いたりしました。


ー「それを覆う持続」って、とても良い展示タイトルですね。どのような展示だったのでしょうか?

平間:当時作っていた写真(図2)とドローイングを展示しました。この時に展示した写真の作り方は、まずポラロイドカメラのフィルムのケースからフィルムを取り出し、現像液が入っている部分から無理矢理感光面に押し出すと、薬剤が反応して現像が進んでいきます。この時点でだいたいの像は出来上がります。その後電子レンジに入れて電源を付けると、火花がバチバチと音を立てながら散ってきて、凄い匂いと共に煙も出てきます。火が燃え上がる前にレンジの電源を切ると、煙の中から完成した作品が出てきます。部屋中死の危険を感じる臭いで大変でした。

平間図2

図2 無題 2005

ドローイング はコピー用紙にボールペンや鉛筆で描いたもので、1000枚くらいあったのですが壁に展示するのは難しくて、積み重ねることにしました。この作品群は2006年に東京都現代美術館で開催された大竹伸朗さんの「大竹伸朗 全景 1955-2006」を見に行った事がきっかけで、展覧会はとにかく一人の人間が作ったとは思えない物量に圧倒されたのですが、「もっと速く作ってみたい」と思って試みたものです。紙をめくる左手のスピードと描く右手のスピードを競争させたり、映画を観ながら1カットで1枚描くとか、いろんなチャレンジをしながら描きまくりました。


ー面白いですね!フィルムをレンジでチンして煙の中から作品ができてくる光景を想像すると笑っちゃいます(笑)平間さんが長く活動されていた「新・方法」について教えていただけますか?

平間:2007年の年末にBunkamura Galleryで開催された「中ザワヒデキの全貌 ―記号と色彩の絵画―」の情報を齋藤祐平君から教えてもらいました。中ザワヒデキさん自体は2004年くらいに方法マシンのコンサートのチラシを見た時に初めて知りました。その時は確か方法マシンは毎日練習するとか、月に何度か集まって練習するとか書いてあって「嫌だな」と思ってそのままスルーしていたのですが、この展示をきっかけにウェブサイトを見て中ザワさんに興味を持ち始めました。

2008年から2010年まで美学校の中ザワヒデキ文献研究を受講しました。文字通り中ザワさんがそれまでに書いてきた文献を本人と共に読み進めていくという内容です。
2010年の8月に、 「第1回平間貴大初レトロスペクティブ大回顧展」(4)、 「『反即興演奏としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』『10年遅れた方法音楽としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』同時開催展」(5)、 「『最高写真展』『世界最高写真展』同時開催展」の3つの個展を開きました。「『反即興演奏としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』『10年遅れた方法音楽としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』同時開催展の会場は千駄ヶ谷Loop-Lineで、関連コンサートではライブ演奏をしたのですが、その日の二次会の後に中ザワさんから「方法主義の次のグループを一緒にやろう」と言われて、馬場省吾さんも含め3人で一緒に「新・方法」(6)というグループを結成することになりました。2012年に中ザワさんは脱退して皆藤将さんが加わって7年間活動してきましたが、2019年に解散しました。


ー「新・方法」は「方法」を引き継いだグループだと伺っていますが、「方法」と「新・方法」ではどのような違いがあるのでしょうか。

平間:前身である方法主義を掲げた「方法」(7)は2000年1月1日に美術家の中ザワヒデキさん、詩人の松井茂さん、音楽家の足立智美さんによって結成され、のちに足立さんが脱退して音楽家の三輪眞弘さんが加入したグループです。それぞれ反芸術やコンセプチュアルアート色が強いメンバーで、宣言やEメール機関誌の配信、多くのイベントを開催して、 2004年12月31日に解散しました。

例えば「方法」の方法主義宣言(8)では「二十世紀の諸学諸芸に民主主義体制の結果として林立した同語反復は、形式ではなく方法への還元によって、再び単一原理として語られ始めなければならない。同語反復が意味する無意味は感覚主義や衆愚の口実とはならず...…」云々と、少し難解なところもあるのですが、発表してきた作品を見てみると、すべてとは言い切れませんが、大雑把に言ってしまえば「制作過程は任意のアルゴリズムで決められている」と言っていいかもしれません。この任意のアルゴリズムというのはもちろん作家が決めているのですが、「新・方法」の場合はこのアルゴリズム自体も既に決まっているやり方でパフォーマンスを行いました。例えば2011年の「初詣」(9)は文字通り年明けに初詣をするという作品で、「海水浴」(10)は海で夏を満喫するというものです。

しかし元々方法主義では目的の為の方法ではなく、方法自体を目的化した「方法のための方法」を謳っていました。方法の為の方法を遂行するためのアルゴリズムをさらに無くしてしまうという事態を中ザワさんはデュシャンの《ひげを剃ったL.H.O.O.Q. 》になぞらえていたことがあったのですが、新・方法は《ひげを剃ったL.H.O.O.Q. 》が普通のモナリザに見えてしまうのと同様に、普通に年中行事を行っているように見えたと思います。


(1)青山CAY:https://www.spiral.co.jp/rental/r_cay
(2)削除された図式:https://www.gallery.arttrace.org/202008-handa.html
(3)Night TVについて 斉藤祐平インタビュー(kalons): http://www.kalons.net/index.php?option=com_content&view=article&id=4545&lang=ja
(4)第1回平間貴大初レトロスペクティブ大回顧展:http://www.webdice.jp/event/detail/2994/?date=20170521
(5)『反即興演奏としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』『10年遅れた方法音楽としてのマラン・メルセンヌ+ジャン=ジャック・ルソー』同時開催展:https://youtu.be/i7HiMat82kA
(6)新・方法:http://7x7whitebell.net/new-method/index_j.html
(7)方法:https://www.aloalo.co.jp/nakazawa/method/index_j.html
(8)方法主義宣言:https://www.aloalo.co.jp/nakazawa/method/01manifesto1_j.html
(9)初詣:http://7x7whitebell.net/new-method/hatsumode_j.html
(10)海水浴:http://7x7whitebell.net/new-method/sea_j.html

TOP画像 塩ビ管 2020

(編集よりおわび)一部記事を修正いたしました。2020年11月8日


「レビューとレポート」 第17号 2020年10月