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美術館建築は展覧会の敵か?味方か? ― 福島県立美術館2022年度第Ⅱ期常設展レビュー 志田康宏

1.借景と緑に囲まれた広大な美術館


美術館外観

地方公立美術館の常設展の「優等性と凡庸性」については、郡山市立美術館常設展のレビューで考察したところである。公立美術館の担うべき公共性には、古くからの歴史を守り続ける保守性だけでなく、同時代的な社会や価値観の変化も含めてその地域の歴史を受け入れるリベラル性も必要なのではないかということを考えた。
福島県立美術館の2022年度第Ⅱ期(7月16日~10月16日)の常設展では、郡山市立美術館を考察した時とは異なる問題を感じた。それは、展示と美術館建築との相性の問題であった。

JR福島駅から福島交通飯坂線に乗り換え、2駅先の美術館図書館前駅で降りる。県立美術館の最寄り駅とは思えないほど小さく、とてもノスタルジックな駅である。駅から住宅地の中を通る狭い道を2分も歩けば、広大な公共施設の敷地に到着する。だだっ広い空間に巨大な建築、大きな池やきれいに整えられた前庭の芝生。前庭にそびえ立つフェルナン・レジェ《歩く花》がとても印象的な美術館である。
福島県立美術館は、県出身の建築家・大高正人による設計で、福島市の中心部に1984年に開館した。隣接する県立図書館と一体となった施設で、レンガタイルの外壁と金属葺きの屋根が直線の組み合わせによってシンプルにまとめられた落ち着いた印象の建築である。背後にそびえる信夫山を借景とし、自然と建築が一体となった無二の存在感を誇る美術館建築である。

企画展示室で開催中であった「生誕100年 朝倉摂展」をひと通り鑑賞した後、2階の常設展示室に向かった。


2.木目の展示室


展示室A


常設展示室に入ってまず目に飛び込んできたのは、壁面と三角形の巨大な天井を覆う木目のやわらかな色であった。美術館建築、なかんずく展示室では、展示された作品の鑑賞に展示壁面の色や模様が干渉しないように、白色などの無特徴な壁面にしている例が多い。その例を多数知っていると、ログハウスのような、あるいは昭和後期時代に建築された公共施設によく見られるような木目の板の壁面は、展示空間としてとても違和感を覚えた。「壁が木目だなあ」と感じている時点で、美術作品の純粋な鑑賞に多少のノイズが混じってしまうからである。


佐藤玄々(朝山)《蜥蜴》1940年代 横井美恵子コレクション


 壁面の木目は気になりつつ、並べられた作品の前に立ってみる。展示室A前半は「動物づくし」がテーマで、様々な動物がモチーフとなった作品が集められている。右側の壁面には岸田劉生《白狗図》などつい目をとめてしまう可愛らしい絵画が、左側のガラスケース内には県出身の彫刻家・佐藤玄々(朝山)による《鼠》や《蜥蜴》など思わず見入ってしまう優れた彫刻作品が並ぶ。それぞれ1点だけでも企画展の目玉になりうる作品を同時に多数見られるのは常設展示の醍醐味である。


岸田劉生《静物(白き花瓶と台皿と林檎四個)》1918年


 展示室A後半のテーマは「関根正二と大正期の洋画」となっている。テーマの割に関根の作品は小品3点のみであったが、セザンヌの影響が明確な安井曾太郎《ターブルの上》や、静謐さと誠実さを湛えた岸田劉生の《静物(白き花瓶と台皿と林檎四個)》など同時代の有名作家による魅力的な作品が並べられ、見応え十分であった。
 ただ、ここまで見て、作品の脇に解説キャプションがないことが気になった。個人的には作品の鑑賞と作品の解説はすぐに結びつけたい性分であるので、作品の脇には解説文ができるだけついていてほしいと思う。ただ、その鑑賞姿勢は「すぐに答えを求めたがる」姿勢であるとして批判されがちな姿勢でもある。鑑賞者の「自由な感性」に解釈をゆだねるため、意図的に解説キャプションをつけない展覧会も少なくない。この展示においては、解説文が書かれた「解説カード」が展示室の隅に設置されており、読みたい人はカードを手に取って解説を読めるようになっていた。すぐに解説を与えるのでもなく、解説を完全に排除するのでもないバランスの取り方が非常に勉強になった。また展示室には学芸課室と直接つながる電話が設置されており、聞きたいことがあればなんと直接学芸員から話を聞くことができるという驚きの仕組みも用意されていた。


展示室B


 展示室Bのテーマは「戦後社会とリアリズム」として、企画展示室にて開催中であった朝倉摂展とリンクした内容のコーナーとなっていた。企画展の朝倉摂展では福島県にあった常磐炭田を朝倉が取材し、その時のスケッチをもとに作品制作を行なったことが紹介されていたが、常設展示では朝倉の他にも多くの美術家が常磐炭田を訪れ制作に反映させていたことが紹介されていた。福島県は石炭の時代から現代に至るまでも、東京を中心とした首都圏へのエネルギー供給源となっているが、その現場では数多くの労働者が過酷な環境で労働を強いられていたことが、多くの画家にプロレタリア的問題意識を喚起し、創作の源となっていた。なかでも朝倉や伊藤和子によるズリ山や労働者のスケッチが端的に炭鉱の現場を描き出しており、印象的であった。


展示室C


 展示室Cでは、コローやピサロといったヨーロッパの美術に加え、ジョン・スローンやアンドリュー・ワイエスなどアメリカ美術の展示がされる。なかでも福島県立美術館はベン・シャーンの収集が多いことが特徴的である。ベン・シャーンの《ラッキードラゴン》は、1954年にアメリカの水爆実験に巻き込まれ被爆した漁船第五福竜丸の船員久保山愛吉の痛ましい姿を描いた作品で、強烈なメッセージを人類に訴えかけている。


展示室D


 細い廊下のような空間になっている展示室Dでは、県出身の版画家・斎藤清の版画と、李禹煥や百瀬寿による現代の版画が並べられていた。大高正人の建築には、このような狭い廊下のような空間が設けられることが特徴であるらしい。作品と鑑賞者が大きく距離を取ることができないこのような展示空間は、版画のような小さく細かい描写がなされた作品の鑑賞に適している。逆に天井や奥行きの大きい広い空間で小さな作品を見ることは、混雑した環境では後ろの方から頭越しに鑑賞することにもなるし、照明も大空間に合わせた照明になっていることが多く、版画のような小さな作品の細部を見せるのに適さない照明設備であることも多い。ここでも、斎藤清の特徴的なあたたかみのある彫り跡や、百瀬寿の用いる和紙のやわらかな質感を間近にじっくりと鑑賞するのに適した展示空間となっていた。


3.ホワイトキューブは最適解か?


 福島県立美術館の今回の常設展示の内容は、郡山市立美術館でも指摘したように、海外美術に日本近代美術、さらに地元の美術も押さえたうえで人気の高い版画や工芸も外さないという、地方公立美術館の常設展における「優れたバランス感覚と高いクオリティ」を誇る(オーソドックスかつ)見ごたえのある内容であった。郡山市立美術館との違いは、展示空間の「色」にあった。
 木目の壁面で構成された展示室は、木のぬくもりを感じさせるあたたかな居心地の良い空間ではあるものの、作品の鑑賞にはやや向いていないと判断される傾向にある。作品の背景に色や模様があると、純粋な作品鑑賞が妨げられるおそれがあるためである。このような展示室は千葉県立美術館や神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で見たような記憶がぼんやりと思い出されたので調べてみたところ、なんと両館とも大高正人による建築であった。1970~80年代の建築だということである。
 展示空間が作品鑑賞に干渉しないように設計されたホワイトキューブという空間は、1929年に開館したニューヨーク近代美術館(MoMA)で生まれた。その後世界的に導入され、日本でも美術館の展示室の多くはホワイトキューブないし白い壁面を採用している。千葉県立美術館や神奈川県立近代美術館 鎌倉別館でも木目の展示空間の中で展示壁面には白い壁が設置され、天井にのみ大高建築に特徴的な三角屋根や木目のテクスチュアが残っているため、展示壁面の「色」や「模様」がそれほど気にならないようになっている。
 作品鑑賞の純粋性のためには白い無特徴な展示壁面であることが現状では最適解とされているが、福島県立美術館常設展示室の木目の展示壁面を体験すると、ホワイトキューブを重要視する美術館業界の常識は、むしろ「作品鑑賞が建築に干渉している」と考えることもできるのかもしれないと感じさせられた。大高は展示壁面も木目にすることを良しとしたわけで、建築家の意図を受け入れるならば、そのまま木目の展示壁面を使い続けることが建築当初の目的と合致していると言えるであろう。
 思い起こせば、有名建築家によって設計された美術館建築において、実際に使用している中で使いにくさが露呈し、立ち入り禁止のエリアが発生したり、建築の一部を改築することも全国の美術館で発生している。このことも、組織としての美術館と建築(家)との相性の問題であり、全面的に美術館側の言い分が正しいとは言い切れないであろう。
 このような美術館建築に対する考え方は、筆者は美術館業界に属しているためによく耳にするものであるが、建築業界からはあまり聞くことがない。建築業界はこのホワイトキューブという現象、またホワイトキューブ化してしまう展示壁面、さらに展示空間を含む美術館建築についてどのように考えているのだろうか。是非聞いてみたいところである。

 福島県立美術館2022年度第Ⅱ期常設展では、美術館人として当然のように感じていた「常識」を揺さぶられる経験をしたように思う。作品脇の解説キャプションは必ずしも必要なものではないのかもしれないし、展示壁面は真っ白である必要はないのかもしれない。美術館が追い求めてきた展示空間のスタンダードは、「ひとつの解」に過ぎないのであって、その他の別解の可能性も十分にありうるのではないかと認識を新たにすることのできた貴重な鑑賞体験であった。
 
画像提供:福島県立美術館
常設展担当:橋本恵里




志田康宏(栃木県立美術館学芸員)
1986年生まれ。栃木県立美術館学芸員。専門は日本近現代美術史。主な企画展覧会に「展示室展」(KOGANEI ART SPOT シャトー2F、2014)、「額装の日本画」、「まなざしの洋画史 近代ヨーロッパから現代日本まで 茨城県近代美術館・栃木県立美術館所蔵品による」、「菊川京三の仕事―『國華』に綴られた日本美術史」(栃木県立美術館)など。artscapeで「コレクション」を考えるを連載中。


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レビューとレポート第42号(2022年11月)