見出し画像

スぺキュラティブな未来像ーー『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』

4月24日から9月1日まで、六本木の森美術館を会場にシアスター・ゲイツの日本初となる大規模個展『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』が開かれている。

1973年にアメリカ合衆国シカゴで生まれたアフリカ系アメリカ人のシアスター・ゲイツは、アイオワ州とケープタウンの大学で陶芸、宗教学、都市デザイン、視覚芸術を学び、奴隷制や人種差別政策の対象となってきた歴史を持つアフリカ系米国人のアイデンティティ=『ブラックネス』(いわゆる「黒人」であること)のシリアスな複雑性を、陶芸、立体、音楽、パフォーマンス映像、地域再生のリレーショナル・アートなどメディアやジャンルを問わない多彩な作品群で表現し、高い評価を得ているアーティストだ。メガ・ギャラリーのガゴシアンに所属し、イギリスの現代美術雑誌『ArtReview』が毎年発表するアート界の影響力ランキング『Power 100』で2023年は7位にランクインするなど、様々な面でトップ・タレントの1人と言える。

自身にとってもっとも重要な表現だと述べる陶芸を通して日本との縁も深く、2004年に海外から陶芸家を地域へ受け入れる交流レジデンス『とこなめ国際やきものホームステイ(IWCAT)』に参加し、一昨年開催の『国際芸術祭あいち 2022』では休眠状態だった常滑市の旧丸利陶管を会場にしたアーカイバルなインスタレーション『ザ・リスニング・ハウス』を発表している。


シアスター・ゲイツ。展示会場にて。


そんなゲイツが森美術館で開く本展『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』は、日本で初めてであると同時にアジア開催としても最大規模の個展であり、アーティストとしてブラック・カルチャーの混合性(ハイブリディティ)を探求してきたゲイツが、1950~60年代の公民権運動で唱えられたスローガン『ブラック・イズ・ビューティフル』と、柳宗悦らによって展開された日本の『民藝運動』の精神を融合させた【ハイブリッドな文化の未来構想】【新たな美学のマニフェスト】(プレスリリースより)として提唱する『アフロ民藝』の世界を新旧の作品を交えてプレゼンテーションする、非常にスケールの大きな試みだ。

会場はテーマが設定された複数のセクションに分かれ、ゲイツ自身の陶芸や立体、平面、映像、年表、シカゴでの地域活性化プロジェクトなどの過去作品、彼がセレクションした歴史的、文化的に重要なブラック・アート、米国の黒人文化に関わる書籍を集めたライブラリー・スペース、日本や欧米の企業(とりわけ20年以上に渡る交流がある常滑の陶芸作家や工房、窯元、酒造)などとコラボレーションした作品で構成されている。

各セクションや作品はそれぞれ自立しつつも、展示全体が『アフロ民藝』というマニフェストのスタディ・ツアーのようであり、同時に音(オルガンやレコード)、香り(香)、光(ミラーボール)など個別の作品が五感に訴える要素も多い、エンターテインメント性に富むインスタレーションにもなっている。

開催の発表時から注目を集める展覧会だったこともあり、4月23日(火)のプレス説明会と内覧会は多くのメディアが取材に訪れていた。説明会にはゲイツが初来日以降ずっと交流のある常滑市が彼を応援大使に委嘱するセレモニーが組み込まれ、上京してきた常滑市長と常滑市のシンボル・キャラクター『トコタン』も登壇した。
さらに、その後のプレス・ツアー前にはゲイツが率いる実験的なブラック・ミュージックのバンド『Theaster Gates and the Black Monks』がハモンド・オルガンB-3+レスリー・スピーカーで構成される展示作品『ヘブンリ―・コード』(2022年)を使って行うライブ・パフォーマンスや、同様にバー・カウンターを模した展示作品『みんなで酒の飲もう』(2024年)の一部を使ったゲイツによるDJなども披露され、賑やかな雰囲気の中で内覧会は終了した。

筆者は『レビューとレポート』からの依頼で上記プレス説明会、委嘱セレモニー、プレスツアーに参加した。以下にそれらの様子を撮影した写真と共に項目別で紹介する。この野心的なヴィジョンをもった展覧会をめぐる記録の一助となり、来場を考えている方の参考になれば幸いだ。



ーープレス説明会、常滑市応援大使委嘱式


プレス説明会の風景。注目度を反映するように、ほぼ満席だった。


プレス説明会には主催者側から森美術館館長の片岡真実、来日したシアスター・ゲイツ、展覧会を担当した德山拓一(森美術館アソシエイツト・キュレーター)が登壇。片岡が展覧会が成立するまでの経緯やゲイツのキャリアをかいつまんで話したのち、ゲイツ本人が『アフロ民藝』という概念、常滑や日本への想いなどを語り、最後に德山が各セクションごとにスライドを示しながら具体的な解説を行った。
説明会後はゲイツへの常滑市応援大使委嘱式が行われ、上京してきた伊藤辰矢市長が挨拶し、常滑市のシンボル・キャラクター『トコタン』と共にゲイツへ委嘱状と記念品を手渡した。
トコタンが登場した瞬間、「ウワーッ!」と叫び声をあげたゲイツの姿が非常に印象的で、いかにもアメリカ人的なユーモアを交えたトークも含め、シリアスな作品群を良い意味で裏切るエンターテイナーな一面を印象付けていた。


プレス説明会に登壇する片岡真実(左)、シアスター・ゲイツ(中央)、德山拓一(右)



プレス説明会後、常滑市応援大使委嘱式でゲイツに委嘱状や名刺を渡す伊藤市長(左)とシアスター・ゲイツ(右)



常滑市応援大使委嘱式の様子。サプライズとして常滑市のシンボル・キャラクター『トコタン』が登場。一気に会場が沸いていた。


常滑市応援大使委嘱式の様子。『トコタン』から常滑の名産品『鬼崎のり』を受け取るゲイツ。


常滑市応援大使委嘱式の様子。『トコタン』から受け取った『鬼崎のり』を見せるゲイツ。


常滑市応援大使委嘱式を終え、プレス・ツアーの前に展示会場でフォトセッションへ臨む伊藤市長、ゲイツ、トコタン。


常滑市応援大使委嘱式後、フォト・セッションへ臨むシアスター・ゲイツ(中央)、片岡真実(左)、德山拓一(右)


フォト・セッション中の様子。トコタン単体でもセッションが行われていた。


フォト・セッション中の様子。写真を撮るのも一苦労、といった状態。



インスタレーション・ビュー1:神聖な空間



展示会場入り口。パーテーションに印刷されているのはゲイツの代表的な平面作品である『タール・ペインティング』。


『アフロ民藝』の会場は、前項で書いたように以下のような複数のセクションで構成され、全体が大きな『アフロ民藝』のプレゼンテーションとなっている。各セクションの名前と順番の以下の通り。


『神聖な空間』
『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』
『ブラックネス』
『年表』
『アフロ民藝』


それぞれの空間にそれぞれのテーマへ関連するゲイツの新旧作品や収集資料、セレクションしたブラック・アート、日米欧の企業とコラボレーションした作品が展示され、作家が作品を通して探求してきたブラックネスの表象、それらをめぐる政治や思想、美学が最終的に民藝の哲学とどのように関連し、融合し得るかが示される。

初めのセクションである『神聖な空間』では、創作においてスピリチュアルなものを重視するゲイツが自作に加えて影響を受けてきたブラック・アート、民藝の作品を関連させながら展示構成し、空間全体を一つのインスタレーション、彼の「美の神殿」として提示する。床一面を覆う常滑焼の煉瓦、ハモンドオルガンの音、香のかおりなど、複数の作品による五感への訴えかけが神聖な雰囲気を高めている。


『神聖な空間』展示風景。ゲイツによる『アフロ民藝』の解説テキストが掲げられていた。



『神聖な空間』展示風景。入り口の部屋にはゲイツの創作におけるルーツ、起源としてタール・ペインティングのシリーズから選ばれた一枚と木喰上人による木彫が展示されている。



木喰上人『玉津嶋大明神』(1807年):和歌の神とされる玉津嶋大明神の木彫。江戸時代後期の僧侶、木喰上人の手による。木喰は、民藝運動を興した一人である柳宗悦がその作に感銘を受け、『民衆的工藝=民藝』という概念を作り上げるきっかけとなったことで知られる。



シアスター・ゲイツ『年老いた屋根職人による古い屋根』(2021年):ゲイツの代表的な平面作品『タール・ペインティング』のシリーズ。屋根葺きの職人だった父親が葺いた(タールで覆われた)屋根を剥がして作品化している。ゲイツの父は20世紀前半に起きたミシシッピからシカゴへ向かうアフリカ系住民の大移動に同調してゲイツの生まれた北部へと移住した。木喰上人による玉津嶋大明神の木彫同様、ゲイツの創作の起源、ルーツを示す作品として象徴的に入り口へ架けられている。



『神聖な空間』展示風景:第二室に入ると床全体を常滑焼の煉瓦が覆っているのが目に入り、空間全体には右手の壁へ展示されている香の作品『黒人仏教徒の香りの実践』(2024年)のかおりが立ち込めている。ゲイツと京都の松栄堂がコラボレーションしたそれは既製品を使った彫刻でもあり、嗅覚に訴える機能も果たしている。正面奥の壁にはゲイツの作品『アーモリー・クロス #2』(2022年)左下壁面の低い位置にはミシシッピ生まれの陶芸家、マルヴァ・ジョリー(1937-2012年)のレリーフ『スピリット・ウーマン』(1981-2012年)が配される。



マルヴァ・ジョリー『スピリット・ウーマン』(1981-2012年):ゲイツと同郷の友人(※)でもあった陶芸家、マルヴァ・ジョリー(1937-2012年)は、粘土をキャンバスのように使い、出身地であるミシシッピにおけるアフリカ系の歴史や家族の物語を紹介するストーリーを陶器に描いた『Story Pots』のシリーズがもっともよく知られている。床すれすれに展示される本作『スピリット・ウーマン』(1981-2012年)は、泥の中から黒人たちの肖像が浮かび上がるようなレリーフ作品の一つで、色彩的にも質感的にも床の煉瓦と響き合っている。
(※)『あいち2022』でゲイツが発表したインスタレーション『ザ・リスニング・ハウス』は彼女が遺したレコード・コレクションの展示を中心に構成されたものだった。



『神聖な空間』展示風景。左の壁にはゲイツと『黒人仏教徒の香りの実践』(2024年)が展示され、床には『人型 1』(2023年)(床)が置かれる。奥の壁面にかけられているのは19世紀の歌人、陶芸家である太田垣連月の掛け軸『十首和歌絖本堅物』(明治時代)。



シアスター・ゲイツ『散歩道』(2024年):本展のための新作。常滑市で焼いた1万4千個の煉瓦が『神聖な空間』の床全体に敷き詰められている。煉瓦という素材に以前から関心を寄せているゲイツは、この作品形態に「建築的でありながら概念的な新しいシンボル」(キャプションより)を見出したという。物理的な要素(土地、煉瓦)の上に常滑や煉瓦の歴史、職人技などの概念が多層的に重なっている。



デイヴィッド・ドレイク『無題の器』(碑文:ルイス・マイルズ・エッジフィールド工房の壺)(1855年):19世紀中葉、サウス・カロライナ州で奴隷の職工として生きたドレイクは、ゲイツがたびたび賞賛してきた作家である。彼は自作の陶器に名前や制作場所、日付、さらには聖書の文言などの碑文を掘り、当時実施されていた、黒人たちの識字率向上を阻止するための教育禁止政策への抵抗を示した。入り口を挟んだ逆側に掛け軸が展示される太田垣連月とは同時代に活動し、焼き物に文字を掘るという手法も共通している。ゲイツはその偶然の一致に神秘性を感じたという。



シアスター・ゲイツ『アーモリー・クロス #2』(2022年):NYにある元武器庫の多目的スペースPark Ave Armoryが改装工事を行う際、貰い受けてきた古い床板を使ったレディメイドな平面/立体作品。床の継ぎ目(線)が一見してフランク・ステラによる初期ストライプ絵画を思い起こさせ、同時に少しずつ空けられた四つパーツの隙間が描く十字架はバーネット・ニューマンのジップも同時に想起させる。アーモリー・ショーの会場として有名なPark Ave Armoryだが、1960年代にはベトナム戦争へ向かう兵士たちの出陣式も行われていたという。そして、従軍した兵士におけるアフリカ系の割合は3割を超えていたが、ベトナムを巡る膨大な言説や表象の中で彼らの存在が現れることは多くない。主にエリート層の白人男性が中心を占めるコンテンポラリー・アートの世界でかつて囃された作品に擬態し、そのような歴史を想起させようと試みるゲイツの姿勢は極めて批評的だ。



『神聖な空間』展示風景。


『神聖な空間』プレスツアーの様子。解説する片岡真実。参加者に配られたインカムへ、帯同する通訳による英語の同時翻訳付き(ch切り替え)の解説が聴こえる仕組み。


シアスター・ゲイツ『ヘブンリー・コード』(2022年):ハモンドオルガンB-3と7台のレスリースピーカーで構成されるインスタレーション。ゲイツがドローバー(※)で調整した音色を、「物理的に固定」した白鍵が音響用語で言うところのドローンに近い低音のループを会場に響かせる。『アフロ民藝』の展示空間では、あたりに満ちている香のかおりとそれが入り混じることでもブラックネスと民藝の融合が表現されている。
(※)ハモンドオルガンに備わっている音作りの機構。鍵盤の上にあるフェーダーを上げ下げして様々な音色(理論上は2億5千3百万種類におよぶとの解説もみられる)を表現できる。



シアスター・ゲイツ『ヘブンリー・コード』(2022年):展示状態ではハモンドオルガンB-3の白鍵が固定されている。鍵盤の上に見えるフェーダーが音色を調整するドローバー。



『神聖な空間』展示風景。『ヘブンリー・コード』(2022年)の右上壁面には20世紀のアフリカ系米国人彫刻家でもっとも重要な作家の1人だとされるリチャード・ハント(1935-2023年)の作品『天使』(1971年)が掛けられている。



シアスター・ゲイツ『黒い煉瓦』(2021年):床に敷かれた『散歩道』(2024年)同様に常滑の薪窯で焼成された煉瓦にマンガン釉をかけて仕上げた抽象的な陶作品。



インスタレーション・ビュー2:ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース


『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』展示風景。ブラック・カルチャーやアート、文化史に関わるゲイツの図書コレクション約2万冊を自由に手に取って読める。


第2セクションである『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』は、これまでアフリカ系アメリカ人の文化や文化的空間の継承(アーカイビング)も重要な表現手法としてきたゲイツの蔵書やコレクションをライブラリーなどの形で展開し、同時にシカゴで行った建築、地域再生プロジェクトが映像を交えて紹介される。


『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』展示風景。並べられた本の大半は英語だが、一部、日本語の書籍も置いている。


ライブラリーではブラック・アートやアフリカ系アメリカ人の文化、歴史に関する図書コレクション約2万冊を展示し、続く空間では『国際芸術祭あいち 2022』でも発表した『ザ・リスニング・ハウス』『ザ・アーカイブハウス』などのコミュニティ・プロジェクトをさまざまな資料を使って壁面に展開し、また、60年代にブラック・カルチャーを積極的に紹介する出版社として文化史に大きな足跡を残した『ジョンソン・パブリッシング・カンパニー(JPC)』の歴史を称える目的で、グラビア写真や実際の雑誌などの資料が、当時社屋で使われていた家具と共に並べられている。


『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』展示風景。突き当たりの窓から入る光やソファ、テーブル、絨毯などの家具が展示室を資料室、部屋のように見せている。


『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』プレスツアーで解説する片岡真実。


『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』展示風景。壁面にはシカゴの地図と『ザ・リスニング・ハウス』『ザ・アーカイブハウス』の実施概要、写真などの資料が貼られている。手前の机やソファは『ジョンソン・パブリッシング・カンパニー(JPC)』の社屋で実際に使われていたもの。



『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』展示風景。『ジョンソン・パブリッシング・カンパニー(JPC)』の発刊していた有名な雑誌『EBONY』の実物を手に取って読める。



 

『ブラック・イメージ・コーポレーション:モネタ・スリート・ジュニアの撮影』(2024年):『ジョンソン・パブリッシング・カンパニー(JPC)』の発刊していた雑誌に掲載されたグラビアを引き延ばして写真作品として展示。米兵の妻となって移民してきた日本人の母をもつモデルなども起用されていた。



シアスター・ゲイツ『黒い縫い目の黄色いタペストリー』(2024年):放棄された消防ホースをそのまま使って構成されたレディメイドな平面/立体作品。『アーモリー・クロス #2』(2022年)同様、カラーフィールド・ペインティングやミニマリズムの作品が想起されるが、この作品も歴史的事象の参照というポリティカルな二重性を持つ。50~60年代の公民権運動が盛んな時期、警官隊はデモ隊に高圧放水を浴びせ、しばしば暴力的に鎮圧した。アーカイバルな空間である『ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース』に展示されることで、さらにその象徴性は強化されている。



シアスター・ゲイツ『嗚呼、風よ』(2021年)。解体されつつあるシカゴの建築物と独唱する歌手の映像作品。



インスタレーション・ビュー3:ブラックネス


『ブラックネス』展示風景。左手の壁にはタール・ペインティング作品『7つの歌』(2022年)、右手には『ブラック・ベッセル(黒い器)』シリーズ(2022-2023年)が並べられている。


第3セクション『ブラックネス』は、これまでゲイツが制作してきた平面作品や彫刻、陶芸作品へフォーカスした展示空間で、平面の代表的なシリーズ『タール・ペインティング』や文化的な重層性、混合性を強く意識した陶のシリーズ『ブラック・ベッセル(黒い器)』などがスタティックに並べられている。展示全体の中では一番オーソドックスな内容といえるだろう。ゲイツの平面や立体、陶器はいずれも、ものの表面性、物質性の強調と、そこにさまざまな意味性、象徴性が重ねられている点に大きな特徴がある。



シアスター・ゲイツ『基本的なルール』(2015年):取り壊された小学校の体育館の床を部分的に切り取り、つなぎあわせた平面/立体作品。つなぎ目の縦線と床に引かれていた様々な色やテクスチュアの横線が抽象的な模様を形作る。同時に、子供にとって重要な遊びや学びの経験ができる公共空間が失われやすい社会情勢への批判も込められている。



シアスター・ゲイツ『七つの歌』(2022年):冒頭のセクションにも展示されていた、ゲイツを代表する平面作品のシリーズ。ここでは銀のタールが塗られた布を用いている。



シアスター・ゲイツ『ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)』(2022-2023年):ゲイツの陶芸作品を代表するシリーズ。常滑焼の穴窯をシカゴに再現して制作したもので、アメリカの黒人陶器に加え、朝鮮や中国、日本などのアジア圏、さらにアフリカの部族彫刻を参照した独特のフォルムが特徴。焼成に使用した薪窯は、燃料である薪の灰が釉薬のような役割を果たし、陶器の表面を「錬金術的」(キャプションより)に変えるという。



シアスター・ゲイツ『ボッテガ焼(⿊い器に茶⾊のボッテガ・ブレイド)』(2024年):ブラック・ベッセルのシリーズをイタリアを代表するレザーの高級ブランドBOTTEGA VENETAの籠に入れたコラボレーション作品(この作品に見られるような取手の折り曲げ加工ができる職人は世界に5人しかいないそうだ)。企業とのこうした試みに対する評価は様々にあるだろうが、狭義の現代美術の手法に囚われないゲイツの幅広い探求心とビジョンを示す証だと言えるだろう。



インスタレーション・ビュー4:年表


『年表』展示風景。複数の歴史が記述された年表が貼られた空間。全ての内容を把握するには、入り口から出口まで歩きながら読む必要があり、丁寧に追った場合、膨大な時間がかかる。


『ブラックネス』に続く空間はゲイツのルーツと日本や常滑、民藝との縁を示すために、タイトルそのまま『年表』を用いたヒストリカルでナラティブな作品が展開する。
『年表』には以下『アメリカ黒人史』『常滑』『民藝』『ヤマグチ・インスティテュート』という複数の年表が並列して記述され、米国のアフリカ系アメリカ人の文化史と常滑、民藝の歴史、さらにゲイツが創作した架空の陶芸家である山口庄司の偽史を一つの時間軸上で見ることによって、ゲイツのルーツ(シカゴ生まれのアフリカ系であること)と日本(常滑の陶芸、民藝運動の哲学)がいかに関係しあって作品が生み出されてきたかを理解できる内容だ。但し、鑑賞の途中で全てを読むには相当な知的、肉体的体力を要するので、他のセクションとあわせて一日で全て読むのは厳しいだろう。可能なら複数回での鑑賞をお勧めしたい。


『年表』展示風景。セクション冒頭では複数の歴史に関する概要が解説される。時間が無い場合でも、ここだけ読めば最低限の理解をすることはできるだろう。ユニークなのはゲイツ初期のプロジェクトである『ヤマグチ・インスティテュート』で、日本からミシシッピ州に渡り、黒人女性と恋に落ちたことでそれぞれのルーツが混交する陶芸作品を生み出した(という設定の)山口庄司のストーリーが展開する。山口は萩焼の山口県、庄司は民藝運動の中心を担った陶芸家、濱田庄司からとられ、その一見図式的な「偽史」の物語に、ゲイツの豊富な知識と想像力の真髄が発揮されている。



『年表』展示風景。年表と関連した作品が設置された棚にいくつか並べられている。



『年表』展示風景。



インスタレーション・ビュー5:アフロ民藝


『アフロ民藝』展示風景。氷山の形をしたミラーボールの作品『ハウスバーグ』(2018/2024年)の光と、常滑とミシシッピをかけた「TOKOSSIPPI」の看板作品が目を引く。


最後の空間は、展覧会タイトルでもあり、公民権運動の中から生み出されたスローガン『ブラック・イズ・ビューティフル』と民藝の哲学(手仕事の称揚)を融合させたゲイツ独自の美学マニフェスト『アフロ民藝』の概念に基づく文化混合的な作品が大規模なインスタレーションや様々な企業とのコラボレーション作品として展示されている。

空間の中央では氷山の形をしたミラーボールの作品『ハウスバーグ』(2018/2024年)が煌めきながら回転して空間を照らし、セクションの入り口には物故した常滑の陶芸家、小出芳弘のコレクション約2万点が巨大な棚へインスタレーションされる。PRADAに包まれた焼き物や長野の山翠舎が作る鉄砲梁を応用したイーゼルに掛けられたペインティングを横目に出口方向へ向かうと、業務用の冷蔵棚へ詰められた、常滑の澤田酒造による日本酒のコラボレーション作品『門 からから(⽩⽼ 本醸造)』(2024年)と、信楽で発見したという1000本の貧乏徳利(※)に釉薬をかけて焼き直し、ライティングしたDJ機能付きバー・カウンターに並べるインスタレーション『みんなで酒を飲もう』(2024年)が、ツアーに疲れた観客を労いながら送り出す(会場内で飲酒はできない。念の為)。

※昭和初期まで各地の酒屋に存在した酒の量り売りと徳利のレンタル制度。客は店から徳利を借り、必要な量の酒を入れてもらう。酒が無くなれば店に徳利を返しに行った。店の名前が酒の銘柄などが書かれている事も多かった。

『アフロ民藝』の概念は、作家としてブラックネスの複雑性について探求してきたゲイツが制作のリサーチ過程で経験した様々な異文化、言語、人との出会いや、それらへの共感、影響関係を基に作り上げたスペキュラティブ(思索、熟考)な未来像の提示であり、キュレーターの德山はプレス説明会で「アフロ民藝は未来を空想するだけではなく、空想を通して未来について考えさせるものだ」「分断が深刻化する現在の世界には、ゲイツのような他者、異文化への共感性が必要ではないか」と解説した。

上で德山がした指摘は本展の意義として重要なものである。『アフロ民藝』は、展示を見た観者から「構想に無理がありすぎるのではないか、個々の文化が持つコンテクスト、差異を軽視した軽薄な折衷ではないか」という疑念も出るかもしれないが、学問的探求だけでは難しい、実証性を飛び越える想像力の飛躍やヴィジョンを示すのは現在社会におけるアートの重要な役割であり、その意味でゲイツの提示する『アフロ民藝』のマニフェストや作品群は、不寛容や分断の政治を乗り越える試み、文化的混合への共感可能性に強く訴えかけると感じた。

会期はまだまだ長い。興味を惹かれた方は是非、ゲイツのビジョンを体験しに足を運んでみてほしい。


『アフロ民藝』展示風景。右手奥の巨大なバー・カウンター作品『みんなで酒を飲もう』(2024年)の光が目を引く。



シアスター・ゲイツ『ハウスバーグ』(2018/2024年):シカゴ発祥のクラブ・ミュージックであるハウスと氷山(アイスバーグ)を掛け合わせた作品。光を浴びた多面体(氷山)のミラーボールがゆっくりと回転し、様々なアイデアや形式の作品が混在する空間へ順々に光をあてる。初期ハウスは当時ディスコと呼ばれたダンスホールで発展した音楽形式だが、そこはアフリカ系やゲイなどのマイノリティが主に集う社交場であり、ハウスの誕生もその文脈を抜きに語ることはできない。会期中、折を見て『アフロ民藝』の空間は実際にディスコへ変貌するという。



『アフロ民藝』プレスツアーの様子。ゲイツ選曲のソウルがかかる、パーティのような雰囲気だった。


『アフロ民藝』プレスツアーの様子。『神聖な空間』で掛け軸が展示された太田垣連月の焼き物など、ゲイツの陶器コレクションが展示されたケースの解説をする片岡真実。


『アフロ民藝』プレスツアーの様子。解説する片岡真実と德山拓一。德山の背後には香時計の作品が置かれている。


『アフロ民藝』展示風景。左手には長野の山翠舎とコラボレーションしたイーゼルにタール・ペインティングを張った作品が並ぶ。


シアスター・ゲイツ『タール・ペインティング』:長野で”古民家解体ゼロ”を掲げる工務店『山翠舎』に依頼制作した鉄砲梁を使うイーゼルにタール・ペインティングが張られている。



シアスター・ゲイツ『タール・ペインティング』:イーゼルの背後にまわり、鉄砲梁について解説する德山拓一。



『アフロ民藝』プレスツアーの様子。PRADAとコラボレーションした焼き物を入れる革の容器、「AFRO MINGEI」の銘が入った西陣織『HOSOO』の織物について解説する德山拓一。


『アフロ民藝』展示風景。左上には『HOSOO』の織物、右上には『AFRO MINGEI』のネオンサイン、中央には澤田酒造とコラボレーションした日本酒が入った冷蔵ケースと盃が並ぶ棚。


シアスター・ゲイツ『門 からから(⽩⽼ 本醸造)』(2024年):常滑の酒造『澤田酒造』とコラボレーションした日本酒と、それを収めた冷蔵ケース、盃と棚のインスタレーション。門=ゲート、ゲイツをかけている。



シアスター・ゲイツ『みんなで酒を飲もう』(2024年):信楽で発見した1000本の古い貧乏徳利に釉薬をかけて焼き直し、新たに銘を追加したものを棚に並べ、DJブース付きのバー・カウンターを組み合わせたインスタレーション。



シアスター・ゲイツ『みんなで酒を飲もう』(2024年):焼き直した徳利を見せるシアスター・ゲイツ。往時が偲ばれる文字書き(店名や客の名前)の横に、自身の銘や作品名を追加している。


シアスター・ゲイツ『みんなで酒を飲もう』(2024年):DJに使用したEARTH WIND &FIREのレコードを見せるゲイツ。ミュージアム・ショップでは関連レコードの販売も行っている。



シアスター・ゲイツ『タール・ペインティング』:展示の最後を飾るのはタール・ペインティングの新作だ。あたかも展示の看板かのように「TOKYO」「AFRO MINGEI」などの文字が描かれている。



追記:インスタレーション・ビュー:小出芳弘コレクション


シアスター・ゲイツ『小出芳弘コレクション』:小出芳弘氏の写真と器を手にするゲイツ。作品の前で行ったフォトセッションにて。


展覧会の最終セクション『アフロ民藝』には、常滑との縁を示すハイライトとして、同地で長く活動し、2022年に亡くなった陶芸家、小出芳弘の遺作2万点を買い取って展示する巨大なインスタレーション『小出芳弘コレクション』が据えられている。
本展示のためにゲイツが常滑で窯を探していた際、物故した小出氏の窯が空いていることを教えられ、同時にアマチュア陶芸家から出発した氏の作品が大量に遺されていると知り、これまでブラック・アートのアーカイブで行ってきたように、小出氏の業績を引き継ぐことを決意したのだという。
壁面にはゲイツのデザインした巨大な保存棚が据えられ、4tトラック3台を要した器は輸送のための箱、包んだ新聞紙で重ねられたまま並べられている。
プレス・ツアーで森美術館館長の片岡は、そうした展示方法は「作品の管理を引き継いだ状態そのものを見せる」試みであり、同時に「故人の遺志も引き継ぐスピリチュアルな態度を示している」と解説していた。
アーカイビングも重要な手法であるゲイツらしい発想である。


シアスター・ゲイツ『小出芳弘コレクション』:作品の前で行ったフォトセッションにて。ゲイツがデザインした棚に描かれた「TOKONAME YAKI」の文字はどこか愛らしさがある字体。


シアスター・ゲイツ『小出芳弘コレクション』:小出芳弘氏の写真と器を手にするゲイツ。作品の前で行ったフォトセッションにて。大半の陶器が輸送時のまま並べられている。


シアスター・ゲイツ『小出芳弘コレクション』:小出芳弘氏の写真と器を手にするゲイツ。作品の前で行ったフォトセッションにて。



追記2:ライブ・パフォーマンス(ザ・ブラック・モンクス)


『神聖な空間』での『Theaster Gates and the Black Monks』演奏風景。この日はトリオ編成。左に座るゲイツはドローバーを操作していた。


初めのセクション『神聖な空間』では、会期中の5月以降、毎日曜には『ヘブンリ―・コード』を使ったライブが行われるそうだ。
内覧会の日はデモンストレーションとして、ゲイツが率いる黒人霊歌とブルースをベースにした実験的なバンド、『Theaster Gates and the Black Monks』が演奏。
展示の状態では固定されていたドローバーをゲイツが操作し、オルガン奏者が響かせる最小限の和音の上にヴォーカリストが黒人霊歌調の美しい独唱をのせていた。

ゲイツがドローバー(※)で調整した音色を「物理的に固定」した単音のループが会場に響いているが、内覧会でのライブはゲイツがドローバーをその場でオペレートしており、オルガン奏者が響かせる最小限の和音の上にヴォーカリストが黒人霊歌調の美しい独唱をのせていた。

B-3のハモンドオルガンは、高価なパイプオルガンの代わりとしてアフリカ系住民の多い地区の教会で広く使われていたという。音響用語で言うところのドローンに近い低音のみが響く『アフロ民藝』の展示空間では、あたりに満ちているお香の香りとそれが入り混じることでも、ブラックネスと民藝の融合が表現されているのだ。

(※)ハモンドオルガンに備わっている音作りの機構。鍵盤の上にあるフェーダーを上げ下げして様々な音色(理論上は2億5千3百万種類におよぶとの解説もみられる)を表現できる。


『神聖な空間』での『Theaster Gates and the Black Monks』演奏風景。教会でのゴスペル演奏を想起させる雰囲気だった。


『Theaster Gates and the Black Monks』の面々。国際芸術祭「あいち 2022」でも来日して演奏していた。



追記3:ミュージアムショップ


『アフロ民藝』では展示で見せたコラボレーション作品に関連した様々なアイテムをミュージアムショップで買うことができる。京都の松栄堂が協力した香の作品『黒人仏教徒の香りの実践』で使われた『シカゴ・ファンク/常滑』(会場に漂っていたのは後者、常滑の香り)、澤田酒造の日本酒『門』や、京都の宇治茶 堀井七茗園と協力してブレンドした日本茶『門』、常滑焼きのぐい飲み、徳利、盃、猪口など。ハウスやファンクのレコードも並べられていた。




シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝

会期
2024年4月24日(水) ~  9月1日(日)
会期中無休

開館時間
10:00 ~ 22:00
※火曜日のみ17:00まで
※ただし2024年4月30日(火)、8月13日(火)は22:00まで
※最終入館は閉館時間の30分前まで

会場
森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)

※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。
※専用オンラインサイトはこちら
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。




取材・撮影・執筆:東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。


レビューとレポート