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蓮輪友子(YIRI ARTS)と枝史織(The Project YUGEN)――『アートフェア東京 2024』

本日3月8日(金)より3月10日(日)まで、2024年の『アートフェア東京』(以下、AFT2024)が東京国際フォーラムで開催される。
幅広くコマーシャル・ギャラリーやオルタナティブ・スペースが出展し、古美術から近・現代美術まで取り扱われる同フェアは国内最大級の国際アート見本市であり、プレビューの7日も含めて毎年多くのアート・ファンやコレクター、プレスが訪れる「お祭り」だ。
2024年は新型コロナウイルスによる行動制限が完全に無くなり、出展ギャラリーも156と前年より増加。新たにフェア初の試みとなるキュレーション企画のブースが設けられ、久しぶりの実施となるサテライト展示も行われるなど、例年以上に見どころが多くなっている。

筆者はレビューとレポートから派遣され、2月27日(火)の記者発表(内容はリンクを参照 https://note.com/misonikomi_oden/n/n8951f955ee54)と3月7日(木)の内覧会に参加した。
限られた時間で膨大な数のブースを全てチェックするのは困難なため、フェア全体のレポートは別の担当者に任せ、本記事では筆者と個人的に親交がある作家2人が参加するブース/企画を簡潔にご紹介したい。来場を考えている方は是非、訪れてほしい。






アートを所有するのはめっちゃ面白い――蓮輪友子(YIRI ARTS)


蓮輪友子。『YIRI ARTS』のブースで自作と。


自らが撮影したプライベートな映像を元に描かれる絵画や、その映像自体を絵画と組み合わせたインスタレーションを国内外で積極的に発表している画家、蓮輪友子(筆者の運営するオルタナティブ・スペースでも一度、滞在制作と展示をしてもらったことがある)。
AFT2024では彼女の作品を取り扱っている台北のギャラリー『YIRI ARTS』から、同じく取り扱い作家である中村太一と共に、来日できないスタッフの代わりも務める出展者として参加している。
『YIRI ARTS』は、蓮輪によれば「すべての場所が美術館であるかのようなライフスタイルを提案したい」「日常の中に美術館の空気を届けたいという思いで発足した」。
台湾の作家だけではなく、日本やスペイン他さまざまな国の作家を自前のギャラリーや内外のフェアで紹介する活動を積極的に行っており、中村の作品はAFTと同時期にマドリードで開催されるARCO MADRID 2024(3/6~3/10)にも出品されている。そして春、夏と蓮輪、中村それぞれの個展が台北のギャラリーで予定されているという。


7日のプライベートビューでは、蓮輪と中村に自作についての詳述ではなく、作品を購入する日本のコレクターたちにどのようなメッセージを持って参加しているのかを尋ねた。

「自分でいいと感じたものを自信を持って選んで下さい。それをまず一点でもいいから買って、部屋に飾るという経験、体験をしてみて下さい。自分の感覚で選んだ作品を自分の空間に持ち込むという行為がわたしはアートを所有する醍醐味であり、めっちゃ面白いことだと思っているんです」

日本のコレクターは、もうちょっとラフになった方がいいんじゃないかな、と発言した中村の後を受けて蓮輪は上の様に語ってくれた。アートを購入するという行為への考えや態度は人によってさまざまだろうが、「良いと思ったものを買う」というシンプルさはそうした行為の原点ではあるだろう。



『YIRI ARTS』のブース。通路側壁面には蓮輪の作品が架けられている。


『YIRI ARTS』のブース。通路側の別壁面。こちらも蓮輪の作品が架けられている。



『YIRI ARTS』のブース。蓮輪友子作品と蓮輪。自ら撮影し、画像加工を施した映像から描かれる絵画は画面を縦横に走るストロークが大きな特徴だ。絵の具に混ぜるアクリル樹脂のメディウムによって色彩の透明感が増している。一見抽象的な画面が、常に具体的なモチーフを手がかりに描かれているのが面白い。



『YIRI ARTS』のブース。通路側から。中村太一の作品がメイン展示として多数並べられている。


『YIRI ARTS』のブース。通路側から。中村太一の作品群。様々な物語性を感じさせる。中村はARCO MADRID 2024(3/6~3/10)へも同時出品しており、8月には『YIRI ARTS』の台北ギャラリーで個展が予定されている。






言語を超える感覚を持つ作品ーー枝史織(The Project 幽玄 / YUGEN)


『The Project 幽玄 / YUGEN』のブースで、枝の作品と。枝史織(右)とキュレーターのタラ・ロンディ(左)。


先日の記者会見記事でもレポートしたが、AFT2024ではフェア初の試みとなるキュレーション企画『The Project 幽玄 / YUGEN』がロビーギャラリーで行われる。ロンドンを拠点とするインディペンデント・キュレーター、タラ・ロンディが『幽玄』という日本語をキータームにセレクトした8人の作家が合同展示を行うというもので、AFT2024としては今年の一つの目玉としているようだ。


『幽玄 / YUGEN』のブース。B1Fロビーギャラリー端に位置する。セレクトされた作家名とキュレーターのタラ・ロンディによるコンセプト・テキストが記されている。

ロンディが打ち出した『幽玄』と言うコンセプトに関しては、先週の記者会見で、「文字通りには、言葉では語り尽くせないほど宇宙の深遠な意識を示していて、これは日本の美意識に通じるものである」と彼女の言葉が紹介されたが、展示パネルにバーネット・ニューマンの引用が掲げられ、人新世や人工知能の進歩と対照させるように用いられている点から、西欧的な美や崇高の概念ではないもの、従来のアートを分析する言葉ではないものを批評的に模索する試みなのだろう。示されたのは、短く、また抽象的なテキストのため筆者の理解が充分に及んではいないと思うが、ここでさらに立ち入って解釈するのは避け、セレクトされた作家の1人である筆者の後輩を紹介することを優先したい。


枝史織。自作と。



『幽玄 / YUGEN』のブース。枝史織作品。青一色に見える画面の中心には人の姿がある。


枝は東京藝術大学大学院を絵画専攻で修了したのち、現在はパリを拠点にする画家である。在学中から、大空間にミニチュアのような人間が蠢く独特の幻想風景が山下裕司に高く評価され、2010年にアートアワードトーキョー丸の内で天野太郎賞、2015年にはテラダアートアワードで三瀬夏之介賞を受賞し、グループ展、、アートフェアへ参加、個展も開催多数と順調にキャリアを積んでいる。筆者とは美術系高校で枝が一つ下の学年にいたという関係性なのだが、対面するのは2012年に枝がFUMA Contemporaryで開催した個展以来となる。フランスへ渡ったのは知っていたが、近年の活動は追えていなかったため、記者会見で名前を耳にしたときは意表を突かれた感があった。
7日の内覧日だけ在廊するという枝に話を聞こうと、『幽玄 / YUGEN』へ足を運んだタイミングで会場にはちょうどキュレーターのタラ・ロンディが居合わせたため、枝に通訳を依頼し、枝の作品を知ったタイミングやセレクトした理由、『幽玄』の概念をいつキーにしようと考えたのか?そして彼女が日本の文化に関心を持つのは何故か?などを簡単にインタビューすることができた。


『幽玄 / YUGEN』のブースで、枝の作品と。枝史織(右)とキュレーターのタラ・ロンディ(左)。


ロンディは一言一言慎重に言葉を発しつつも非常に饒舌な人物だったため、本来なら一問一答で書き出したいところではあるが、要約して概要を記すと、枝を選んだ理由はロンディがこの展覧会を言葉を超えた共通の感覚を持つアーティストたちが集う国際的なものにしたいと思っており、西欧の言葉に翻訳するのが難しい『幽玄』という概念はその中心だったが、枝の作品は世界観もモチーフの扱い方もその部分に当てはまったのだという。
枝についてはパリで知人のキュレーターが企画した展覧会で知ったそうで、なぜ前から知っていなかったのか不思議に思うほど様々な面(女性であること、言葉の分析を超える感覚の作風であること等)でぴったりのフィーリングを感じたそうだ。

『幽玄』の言葉と概念は展覧会を通した仕事を日本でするうちに知ったのだが、自分がこれまで取り組んできたエコロジーや女性同士のリレーションシップ(=エコフェミニズム)なども多様に含むもので、西欧には無いその幅広さに興味を惹かれたという。日本のカルチャーは禅の哲学や魂(霊魂?)を重視するようなアニミズムの感覚が何もかも高速化する現代社会の中では重要なものであり、人々のあいだでそれが維持されている教育環境にも関心を持っているとのこと。

ロンディが日本、日本の文化、そしてそれを反映していると感じた枝の作品に抱く興味がオリエンタリズムの枠に留まるのか、それを超えたものであるのか筆者には計りかねたが、フェミニズム的な問題意識を『幽玄』の概念と結び付ける発想はあまり接したことがない思考の形態であり、個人的に興味を覚えた。


ごくごく短期の場でしかないが、フェアを回って枝の作品を鑑賞する方々は是非、その点にも着目してもらえればと思う。



『幽玄 / YUGEN』のブース。


枝の展示空間。昼間は国際フォーラムの巨大なガラス壁面からの自然光が良くも悪くも作品に干渉していた。


枝史織作品。照明の影が強く落ちている。


枝史織作品ディテール。枝の作品はどれも巨大な空間の中に小人のような人や集落が描かれる、シュールレアリズム的な世界観が特徴だ。



枝史織作品。砂漠の中心には船に乗った人間がいる。



枝史織作品。


枝史織作品。溶岩の中心に浮かぶ岩の中心には裸の人間が寝そべり、うずくまる。


枝史織作品。画面中心、殆ど見落としてしまいそうな位置に、溶岩の滝?に向かう船があり、ここにも裸の人間がうずくまっている。



AFT2024アートフェア東京、B1Fロビーギャラリー。
ゲスト企業やキュレーション企画、美術館、百貨店などのブースが集まっていた。



AFT2024のメイン空間であるEホールをロビーギャラリーから見下ろす。
全体の構造がよく分かる。



開催に先立って行われた記者会見の内容はこちら。


ART FAIR TOKYO(アートフェア東京)
会場

東京国際フォーラム ホールE/ロビーギャラリー

日程
プライベートビュー(終了)
3月7日(木)
11:00 ― 19:00

パブリックビュー
3月8日(金) ― 10日(日)
11:00 ― 19:00
※最終日の10日のみ17:00まで

https://artfairtokyo.com/




参考




取材・撮影・執筆:東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。


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