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麻布台ヒルズギャラリー開館記念 オラファー・エリアソン展『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』 レポート

2023年11月24日(金)に、森ビル(株)がディベロッパーとして開発を担った大規模複合施設『麻布台ヒルズ』が開業した。
森ビルが自ら”ヒルズの未来形”と謳うそのコンセプトは、『ガーデンプラザ』や、オフィスビル、ホテル、各種商業施設のテナント、インターナショナルスクール、文化施設などを敷地内に融合させた【都市の中の都市(コンパクトシティ)】【“緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街 - Modern Urban Village -”】を作り上げることだという。
街を構成する様々な施設のうち、文化発信の中心を担うのが、同時開業した『麻布台ヒルズギャラリー』だ。様々な事業者に向けたレンタルスペースとしての運営を中心に積極的な文化発信を行なっていくというギャラリーは、柿落とし企画として、人間を取り巻く様々な自然現象やエネルギー、その物理法則を対象化した作品で世界的に活躍するアーティスト、オラファー・エリアソンの新旧作品をセレクションした個展『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』を開催。22日に内覧会及びプレスツアーを実施した。筆者は同日16時から開かれたそれらに参加し、片岡真実(森美術館館長)氏、担当キュレーターの徳山拓一氏による解説を受けた。以下、その様子を簡単な展覧会レポートとして掲載する。


プレスツアー直前の様子。入り口は人でごった返していた。



オラファー・エリアソンは原美術館や東京都現代美術館で個展を開催するなど日本にも馴染みが深い作家だが、本展のタイトルにもなっている新作の彫刻『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』)は奈良美智、曽根裕と共に麻布台ヒルズに設置されるパブリックアートにセレクション(森JPタワー、入り口ホール)されている。

オラファー・エリアソン:相互に繋がりあう瞬間が協和する周期:麻布台ヒルズ、森JPタワーオフィスロビーに設置されたエリアソンのパブリック・アート。麻布台ヒルズギャラリーの杮落し展覧会のタイトルも同作からとられている。記事中でも触れているが、リサイクル素材(再生亜鉛)を使用した、幾何学形態の反復で構成されるらせん状の立体が四つ、吊り下げられている。11面体で構成される複雑ならせんの姿は、クローズアップするとCGを立体化した物かのような印象も受ける。



ツアーの冒頭、入り口横の空間に吊られた作品《蛍の生物圏(マグマの流星)》(2023)を背景に、ガイドの片岡氏は、本展を森美術館が企画した理由をまず解説した。曰く、展示の全体で観客に『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』の名前が意図するコンセプト(エリアソンは後述する片岡とのインタビューで「生の循環や命の周期を意味する」と述べていた)への理解を深めてもらう狙いがあり、他の展示作品も新作と連動するような技術を持つものが選ばれている、と。
麻布台ヒルズへのパブリック・アート設置を依頼したのは2018年だそうで、開業にあわせた展覧会の実現まで足かけ五年ほどを費やした計算になる。麻布台ヒルズギャラリーの床面積は森美術館の約半分、700平米ほどで、スケールの大きいエリアソンの作品を大々的に展示するには手狭だが、パブリック・アートのコミッション込みで受け入れてもらったとのこと。


オラファー・エリアソン《蛍の生物圏(マグマの流星)》(2023):会場入り口から入ってすぐの空間に設置された、3つの多面体を重ねるように組み合わせた立体作品。補色変化する透過フィルターや光を反射するガラスで構成される内側2つの多面体はモーターで回転し、外側を覆う円形の多面体に仕込まれたLEDが展示空間を含めた内外部にサイケデリックな回転灯籠とでも言うべき形態を映し出す。



オラファー・エリアソン『終わりなき研究』(2005):作品解説する片岡真美氏



ギャラリー内に入り、最初に紹介された作品『終わりなき研究』は、『リサジュー曲線』(wiki:互いに直交する二つの単振動を合成して得られる平面図形)を作図する道具=ドローイング・マシンとして、19世紀の数学者ブラックバーンが考案した『ハーモノグラフ』をエリアソンがアレンジしたもので、台を含む上下3つの振り子と振り子の連結部に装着されたペンによって、起動させるたびに異なる幾何学形態=リサジュー曲線が組み合わさった形を描き出せるのだが、『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』を構成する四つの形態もそれら複数のリサジュー曲線が複雑になってゆく過程を立体化したものだという。
ツアーでは、ガイドとして片岡氏に帯同していた徳山拓一氏がデモンストレーションを行った。壁に貼られた幾何学的形態のドローイングは徳山氏の手によるサンプルで、会期中はチケット代1800円に1000円プラスした『ドローイング・チケット』を購入すると、客自身が『終わりなき研究』を操作でき、作成したドローイングを持ち帰れる。


オラファー・エリアソン『終わりなき研究』(2005):3つの振り子による動力とペンがリサジュ―曲線を描き出す。



オラファー・エリアソン『終わりなき研究』(2005):作品の実演をする森美術館アソシエイト・キュレーター、徳山拓一氏。振り子で動く台の上に紙をセットし、連結部にペンが挟まれた別の二つの振り子を動かす。



オラファー・エリアソン『終わりなき研究』(2005):徳山氏によるドローイング(リサジュ―曲線)のサンプル。



『終わりなき探求』から奥に向かった空間に設置された『ダブルスパイラル』も、リサジュー曲線や多面体の研究をする過程において、平面上の線を立体として表そうとした作品だ。二重螺旋状に吊り下げられた金属が上昇、下降の動きで回転しているかのような錯覚を起こさせる。ライティングの妙もあり、床に落ちた円状の影が見せる姿も特徴的である。


オラファー・エリアソン『ダブルスパイラル』(2001):二つの螺旋が上昇と下降を繰り返すような動きを立体化している。幾何学形態へのアプローチは『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』とも共通する要素だ。



『ダブルスパイラル』の向かいに建てられた壁面にはエリアソンがカタール(ドーハ)の砂漠で展示をした際の作品が掛けられており、それら円形のパネルには何れも自然現象(太陽の光や熱、風)が起こす物理現象を視覚化、そして絵画化しようと試みた痕跡が残されている。
『太陽のドローイング』は、回転する円形の台に乗せた同じく円形の紙の上へ、浮かせた状態のガラス球を複数、直交するように配置し、虫眼鏡で焦げ跡を作る要領で24時間かけて円を焦がす。太陽の熱を、回転する台とガラス玉によって描かれる「ドローイング」に変換しているわけだ。
他方、『風の記述』は、三脚のような装置にアクリルインクを含ませた筆/ペンを装着させ、それを支持体の円状キャンバスへ直に接する状態にセッティングし、吹き抜ける風による揺らぎ/動きを線描の「記述」として定着させる(テキストでは分かりにくいので、それぞれ徳山氏による解説風景の画像を参照してほしい)。


オラファー・エリアソン『太陽のドローイング(2003年4月18日)』:ドーハ(カタール)での展覧会に出品された作品。回転する台の上に浮かすようセットされたガラス球が複数の線描を燃焼によって描き出す。要する時間はおおよそ24時間。



オラファー・エリアソン『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』インスタレーション・ビュー:壁面左奥から『太陽のドローイング』『風の記述』が掛けられている。



オラファー・エリアソン『太陽のドローイング』:ドーハ(カタール)での展示が収録されたカタログを手に作品を解説する徳山氏。



オラファー・エリアソン『風の記述』:ドーハ(カタール)での展展が収録されたカタログを手に作品を解説する徳山氏。三脚状のドローイング・マシンによる「記述」がどのようなものか、知っているかどうかで作品へのイメージも大きく変わる。



壁面の作品と『ダブルスパイラル』のあいだに位置し、上部へ装着されたファンが常に四方向へ風を出し続けている彫刻作品『呼吸のための空気』は本展のために作られた新作であり、『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』と同じモジュールと素材(再生金属)を採用している。再生金属を使う試みは今回のパブリック・アートと展示におけるオラファー・エリアソン・スタジオ最大の挑戦であり、森美術館側とプランを相談している段階では何の素材を使うかは決まっていなかったが、最終的に再生亜鉛が選ばれた。
亜鉛は通常の精製とは別に、めっきが施された鉄などを含む産業廃棄物を燃焼、蒸発させた際に発生するダスト(煙灰)をフィルターで捕捉し、中に含まれる亜鉛酸化物をリサイクルする技術が確立されており、エリアソンはそれを援用して『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』同様に11面体(菱形、凧型、三角形と3種類の形態から構成される)を組み合わせた再生亜鉛の彫刻を制作した。
片岡氏は、『呼吸のための空気』を特徴付ける点として、空気を送り出し続けるファンが、環境中に存在する亜鉛を普段わたしたちは吸い込んでいる=亜鉛を固化させたこの作品自体を吸い込んでいる、とのメタファーを示すところだと語っていた。筆者には物質の形状と総量の関係性に関わる視覚上の違和(粒子状と固形状で見え方、物理量が異なるような錯覚に陥ること)を示す点が確かになかなかユニークだと、「造形的な問題として」感じたのだが、後述するインタビュー動画で、エリアソン本人は作品へ使用された亜鉛が環境中に放出されず、従って呼吸によってわたしたちの肺にも入らなかったことが重要だと述べており、関心の向かう先の差を興味深く思った。


オラファー・エリアソン『呼吸のための空気』:再生亜鉛をマット仕上げにした11面体と4方向に風を送り出すファンが組み合わされた独特の形態。怪獣映画にでも出てきそうな雰囲気もある。



展示会場はそのまま『呼吸のための空気』の先を突き当りまで歩き、掛けられた平面作品とカーテンで仕切られた空間の中に展開されるインスタレーションを抜ける導線になっている。
突き当りの4つの平面作品は、気候変動に対しての問題意識も高いエリアソンが、それをもっとも強く打ち出した作品として有名な『アイスウォッチ』のシリーズ(気候変動に関する国際会議にあわせてグリーンランドから氷塊を輸送し、会議の期間中にそれが溶けてゆく姿を観客へ体感させる)で展示した氷塊の欠片を用いた水彩ドローイングだ。氷によって紙に円形の傷を付け、中心に氷と顔料を配置することにより、溶け出した氷と顔料が交じり合って不定形なカラーフィールドが生成される。先に展示されていた『太陽のドローイング』『風の記述』同様、物理現象を作品に変換し、定着させようとする試みであると同時に、溶け出す氷が円(地球?)を浸食する様子は、気候変動が及ぼす影響を、声高な告発ではなく、エモーショナルなメタファーとして喚起させる。飛行機への登場回数を制限(その調整のため、オープニングには不在だった)したり、作品輸送に船を使ったりする等、アクティヴィストの側面も持つエリアソンだが、「問題提起」の仕方はあくまでアーティスティックである。


(左から)オラファー・エリアソン『溶けゆく地球(バナジウム・イエロー)』『あなたのエコーの追跡子』『私のエコーの痕跡』『溶けゆく地球(カドミウム・イエロー、グレー)』:グリーンランドから移送してきた氷塊の欠片で描いた円上に、溶け出した氷と顔料が交じり合ったさまざまなカラーフィールドが描かれる。視覚的にはたらし込みによる「普通の」水彩画と区別がつかないため、鑑賞には背景知識が必須となる。



オラファー・エリアソン『あなたのエコーの追跡子』:青い顔料が溶け出す氷塊の水によって広がり、不定形なカラーフィールドを描いている。



オラファー・エリアソン『瞬間の家』:2010年の第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展出品作。天井から流れ落ちる水に左右から点滅するストロボ光をあて、回転する水が弧を描く「瞬間」を演出する。タイルに叩きつけられる水音も重要な要素だ。

『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』のメインとして最後に登場するのは、カーテンで仕切られた暗闇の空間で雷のように明滅するストロボが天井から弧を描く滝のように流れる水を照らし出すインスタレーション『瞬間の家』だ。2010年の第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で最初に発表された作品を、麻布台ヒルズギャラリーの空間にあわせて再構成している。美しく浮かび上がる水の幾何学形態は、前掲してきた作品群と同様に『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』と関連するもので、エリアソンが長年に渡って探求している要素である。真っ暗闇の中で水がタイル床を叩く反響音(豪雨がアスファルトに跳ね返る音に近い)と、左右に設置されたストロボの強烈な光の組み合わせが視聴覚に及ぼす効果は強烈で、一瞬平衡感覚を失わせるほど。淡々とした展示のクライマックスとしては極めて効果的なコントラストだった。



オラファー・エリアソン『瞬間の家』:撮影には秒単位のスローシャッターが必要で、行き交う人の姿とのコントラストが印象的な絵になった。



ツアーを終え、オラファー・エリアソンへのインタビュー動画を解説する片岡氏。



片岡氏によるオラファー・エリアソンへのインタビュー動画。地球環境と生命のつながりについて等、作家の主張がコンパクトにまとめられている。



オラファー・エリアソン『力のオーケストラ』:エリアソン本人と思われる人物とスタジオでの出来事を描写し、重力、運動、時間、など作家にとって重要な制作の要素についての思考を開陳するテキスト。

暗闇を抜けた先、出口付近の空間には、エリアソンの制作にむかう姿勢や思考を象徴させるかのようなテキスト『力のオーケストラ』が掲げられ、片岡がエリアソンに『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』や展示名を含む全体のコンセプトを聞くインタビュー動画が流されている(インタビューでは同作や『呼吸のための空気』で使用した再生亜鉛を例に、環境と美術の関わり方について語る部分などが特に興味深い)。両方を照らしわせることで、作家と作品、展示全体についての理解を深め、振り返ってもらう狙いが見て取れた。



麻布台ヒルズギャラリー入り口。プレスツアーが終わったあとは来場者による自由内覧の時間となっていた。

内覧会当日はエリアソン以外のパブリックアートも展示されている森JPタワーや中央広場には招待客しか立ち入れなかったため、『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』を観ることは叶わなかったが(※)、一つのパブリックアートを軸にエリアソンの作品を振り返り、さらにそれらが反映された新作と鑑賞の往還をするような試みは、初見の観客にも長年彼を追ってきたファンのどちらにも訴えかける内容だったのではないかと思う。
会期も3月末までと長いため、森ビルが「未来」とまでアピールするヒルズ全体の中でパブリックアートやギャラリーがどう位置づけられているかを確認する意味で、時間を見つけて何度か足を運んでみるのも良いだろう。

(※)レポート掲載の同作品は後日の一般公開後に再訪して撮影。



麻布台ヒルズ、外観
麻布台ヒルズ、外観。南北線『神谷町駅』で地上に上がった地点から。





麻布台ヒルズギャラリー開館記念
オラファー・エリアソン展
相互に繋がりあう瞬間が協和する周期



会場:麻布台ヒルズギャラリー
会期:2023年11月24日(金) - 2024年3月31日(日)
開館時間:
日/月/水/木 10:00 - 19:00
火 10:00 - 17:00
金/土/祝前日 10:00 - 20:00

WEB
https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/olafureliasson-ex/?gclid=Cj0KCQiA67CrBhC1ARIsACKAa8Qu4ZAhNeobSCRrGe2Em0fEc4hwgJwgDhBsD01uzaeCu5GK-hiWgkUaAq1aEALw_wcB




取材・撮影・執筆:東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。


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