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こうしてわたしは挫折した ―ピアノ調律師に必要なこと(3)―

以前の記事で、ピアノ調律師に「なること」自体はそこまで難しいことではないということを書きました。

ただ、「自分がなりたいようなピアノ調律師になること」は
非常に難しいと思います。
わたしはピアノ調律師にはなれましたが、
わたしがなりたかったピアノ調律師にはなれませんでした。

このシリーズでは、わたしが働いてみてピアノ調律師に必要だと
感じたことを挙げ、なぜわたしが挫折したかを考察していきます。

対人スキル

孤独なイメージをもたれるピアノ調律師の仕事ですが、
対人スキルは必須の能力といえると思います。
なぜなら、手に触れる対象はピアノという物質であっても、
その先には必ず弾き手や所有者という「ひと」がいるからです。

わたしのように一般家庭を顧客とするピアノ調律師の場合、
主な対人スキルの使いどころは新規顧客獲得の為の営業活動と、
実際お宅にお伺いして調律をする時です。
以下でわたしがどんなことに悩んでいたか考えてみます。

自信がない自分のスキルを売らなければならない

自分が良いと思えないものを売るのは困難です。
研修期間を含めて合計で5年間調律をやっていましたが、
その間1度だって自分の技術力に自信をもてたことがありません。
こんな下手な調律でお金を頂いて申し訳ないと、ずっと思っていました。

今考えると、これは単なるわたしの技術力の問題だけではないと思います。
つまり、勉強すればするほど分からないことが増えたような気が
するのと同様に、調律の経験を積めば積むほど、自分の下手さを自分で
評価できるようになるので自信を失っていった面もあったでしょう。
当時このことを認知していれば、もしかしたら、どんどん自信を失っていく
自分に失望せず、上達した証拠だと楽観的に解釈できたかも知れません。

少なくとも、わたしの調律に毎年安くないお金を払って下さる時点で、
そのお客様はわたしのことを一人前の調律師として信頼して下さっている
と考えるべきでした。
そして例え自分で自分の仕事に納得がいかなかったとしても、
自信のあるふりをして、一人前のふりをして、
お客様を不安にさせないように堂々と取り組むべきでした。

顧客理解ができない

そんな訳で、なぜお客様が自分の下手な調律にお金を払って下さるのか
全く理解できませんでした。
そして、きっと理解する努力すらしていませんでした。

当時のわたしには、この「ひと」を想像して仕事が
できていなかったと思います。
むしろ他人と関わるのが苦手という自意識から、モノを相手にする
ピアノ調律師を選んだ節がありました。
すなわち、他人の役に立つことでお金が頂ける、という労働の
基本的な仕組みをちゃんと心から理解できていなかったのです。
これが対人スキルの欠如を招き、お客様と接すること自体に
ひどく苦痛を感じていたのだと思います。

どれだけ苦痛を感じていたかというと、例えばお宅を訪問すると
かなりの確率でお茶をお菓子を出して下さいますが、
それが嫌で嫌でたまりませんでした。
(せっかくのお心遣いなのにそんなことを思っていて
 本当に申し訳なく思っています…)
お茶とお菓子を頂く分滞在時間が伸びますし、最悪の場合お客様自身も
一緒に席について会話をして下さるので気まずくならないように話題を
振ったりできるだけ愛想よくしていなくてはいけないので苦痛だ、
と、感じていました。
(重ね重ね本当にすみません!)
本当にひどい調律師でした。

「ひと」を見て働いていれば、この状況はわたしがずっと疑問に思っていたお客様のニーズを探る絶好の機会と考えることができたでしょう。

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