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こうしてわたしは挫折した ―ピアノ調律師に必要なこと(0)―

ピアノ調律師とは、ピアノのメンテナンスに関する
ありとあらゆる業務を受け持つ仕事です。
ピアノに向き合う職人のような仕事のイメージを持っている方も
多くいらっしゃると思いますが、実際働いてどうだったかを
まとめてみました。

ピアノ調律師に必要なこと:基本技能

  • 調律
    アコースティックピアノの鍵盤を押すと、最終的には内部にある弦を
    叩くことで発音します。この弦の張力を調整して音階を整える作業を
    調律といいます。

  • 修理
    内部に木材や繊維を多用したアコースティックピアノは、環境や経年劣化により適切に機能しなくなることがあります。また、外装が傷ついたり、真鍮製の部品が錆びたりすると美観が損なわれます。このような不具合に対処するための部品の交換や大掛かりな器具が伴うような作業を修理と
    呼んでいます。

  • 整調
    アコースティックピアノの内部では、多数の部品が組み合わさって鍵盤の動きを弦に伝え発音させています。この組み合わさった部品たちが適切に動き、適切な弾き心地(タッチといいます)を演出するために、ねじの
    開け閉めや特別な紙・生地などを使って調整する作業のことを整調と
    いいます。

  • 整音
    アコースティックピアノの鍵盤の動きはハンマーと呼ばれるフェルトの
    塊に伝えられ、それが弦を叩くことで発音する仕組みとなっており、
    叩くハンマーの質や状態によって音の雰囲気が大きく異なります。
    ハンマーの表面を削ったり、針を刺したりして音の雰囲気を整える作業を整音といいます。

多くのピアノ調律師の卵は、研修を経てこれらの技能を一通り習得して
現場に出ます。


ピアノ調律師になるのは難しいのか

わたしには音を1つ聴いて何の音か分かる絶対音感はありません。
調律に絶対音感は必ずしも必要という訳ではなく、音を2つ聴いてその音程の差が分かる相対音感があれば十分仕事ができます。
(わたしには絶対音感がないので、それがある場合に有利に働くかは
 正直分かりません。)
幼少期に訓練が必要とされている絶対音感と違って、相対音感は
成長してからのトレーニングでも鍛えることができるもので、
わたしも研修を始めた当初は明確な相対音感はありませんでしたが、
修了する頃には難なく聞き分けられるくらいに身についていました。

わたしの同期は(といっても20人程度ですが)90 %以上は修了して
就職しており、途中で辞めた者も研修の成績は良かったことから、
「やってみたら思ってたものと違った」という理由で退いたのだと
想像できます。
このような理由からわたしは、基本技能を習得して、楽器店に就職して、
ピアノ調律師に「なること」そのものは、そこまで難しくないことだと
考えています。
(唯一ピアノ調律師になるのが難しい人は、1オクターブ、つまりドの音と
 次に高いドの音を両方同時に押せない手が小さい人だけです。
 研修所に入る前に試験がありました。)
ピアノが弾けない人も一定数いて、そういう人は吹奏楽などで他の楽器を
扱ったの経験がある人が多い印象ですが、音楽経験が全くない腕の良い
調律師もいますので、楽器を演奏することと調律することは実はあまり
関係がないのかも知れません。


大雑把なスケジュール感

ここで、大雑把なスケジュール感についてまとめてみます。
なぜなら、そうすることで日々の仕事をより具体的に
イメージしやすくなると思うからです。
プログラマーは、実は黒い画面に向かってプログラムを書いている時間より
自分がやりたいことをまとめてくれているパッケージなどをググってる
時間の方が長いと聞いたことがあります。(本当かは知りませんが)
そういうことは結構ありそうなので、調律師の場合どんな感じか
考えてみます。

就職した会社や顧客によって大きく異なりますが、地方の楽器店に就職し、主な顧客が一般家庭や教育関係だったわたしの場合、体感で

調律  25 %
修理  20 %
整調  10 %
整音    1 %
その他 44 %

くらいの時間割で日々業務を行っていました。

修理と整調

修理と整調の機会は以外と多く、それは主に買い取ってきたピアノを
中古品として売るために綺麗にする必要があったからです。
この業務をしていない会社に就職した場合、修理や整調の機会は自分で
積極的に作らない限りあまりないかも知れません。

整音

整音業務は、わたしはほとんど経験したことがありません。
買い取ってきたピアノを中古品として整備する際にハンマーを少し削る
程度です。
その理由は単純で、最もリスキーな作業だからです。
ハンマーは発音に大きく関係する部品であり、失敗すると取り返しの
つかないことになります。
したがって、音は出るんだしそんなリスクを冒してまでやらなくていい、
という風になるわけです。

その他

「その他」がなぜ多いのかというと、まず、調律業務は現地に赴いて
行うので単純に移動に時間をとられます。
勤務する地域によると思いますが、わたしの場合、一日最低1時間は
車を運転をしていたと思います。
幸い運転は嫌いではなかったので苦ではありませんでしたが。

また、特に新入社員の場合は顧客開拓にかなりの時間をとられます。
一度お付き合いが始まったお客様は、何か事情がない限り次回も
同じ調律師が担当することがほとんどです。
したがって、新入社員は顧客ゼロからのスタートになります。
わたしの勤務していた会社の場合、新しいピアノが売れるとそのお客様の
担当は新入社員に任せられていたのですが、毎日ピアノが売れる訳では
ないので他の方法でも顧客開拓をする必要があります。
この会社では、数年調律にお伺いしていないお客様のリストがあって、
新入社員はそれらに片っ端からお電話をかけていました。
また、遠方は先輩調律師が行きたがらないので競争率が低く、
そういったところの学校や幼稚園にDMや見積書を送付したりも
していました。
このように、最初の1、2年は顧客獲得の為にかなりの時間がとられました。

個人的にこれはかなりしんどかったです。
経験はありませんが、街中でひたすらナンパしまくって断られ続けると
こんな気持ちになるのかも知れません。
この電話をかける作業は、電話をとってもらいやすい夕方から夜にかけて
行うことが多かったのですが、他の業務終了後、疲弊した状態で電話を
かけるのは、メンタルマッチョではないわたしには相当こたえました。
調律したくて調律師になったのに、それまでにこんなに高い壁があるとは
思いもしませんでした。

他にも、ほとんどの社会人の方々がされているような基本的な書類仕事や、会議等もあります。

つまり、実はピアノ調律師といっても四六時中ピアノを触っていられる
わけではないのです。
調律業界のピラミッドの頂点に君臨するような方は別かも知れませんが、
多くの調律師は、例え抜群の技術力があってもその他の業務から完全には
逃れられないと思います。

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