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「コードレビューまみれ」×「カウントダウン」×#228b22 /しの

 病み上がりの仕事はキツイ。深く息を吸い込んで、思い切り背筋を伸ばす。

「せんぱーい、これもいいですかー」

「おっけー送っといて」

 返事をしながら、プロテインバーの袋をもそもそと開封する。しまった、これは開けにくいパッケージだった。握力が弱いからか、袋を破くのが苦手だ。会社となると、口であけるわけにもいかない。

 病気というものは、つくづく土日に発症すべきでないと思う。それでも、私が病気になるときはきっちりと土曜日と日曜日だけ。我ながら、その責任感にはあっぱれだと思うけれど、おかげで休めた感はない。自分はいい加減な質だと思っていたけれど、もっといい加減で最低なやつはたくさんいるということを働くようになって知った。

 後輩というものができたのは、つい最近のことだ。きちんと年下だし、結構素直。女性の少ない職場だということもあってか、私の勘違いでなければ懐いてくれているし、たまにのランチも楽しい。

『さとみちゃん、具合は大丈夫?』

 みゆきが連絡をくれるのは、決まって13時5分。お昼休みが始まって、少ししたくらいだ。ケータイを開いて、一番最初に連絡をしてくれるのだろう……と思う。

 といっても、彼女の甲斐甲斐しいメッセージに返信したのは、それから1時間半経った14時35分。オフィスワーカーの月曜日は忙しい。特に、技術職に挟まれているとなると尚更だ。基本的に土日をきっちりと要望を締め出す、ホワイトな我が社では、溜まりに溜まった各社の不満が月曜日に集まってしまう。新しい週だからこそ、みんな心機一転頑張りたいのかもしれない。

 取引先から届いたメールを読んで、技術担当に要望を共有・相談。後輩から送られてきたコードの確認。もともとは技術職で採用されたはずだったのに、いつの間にか巻き取りも私の仕事の一つになっている。

『大丈夫だよ。お弁当美味しい。ありがとう』

 みゆきは、ついでだからと常にお弁当を持たせてくれる。おかげで、同居を始めてから余計なお金が飛んでいくことはなくなった。お礼にと、彼女の好きなプリンを買って帰ることも多いから、支出はもしかしたら変わっていないのかもしれないけれど。

 今日のおかずは、里芋の煮っころがしとほうれん草の胡麻和え、練り物を甘辛く煮た物だった。それに、スープジャーにはトマトのスープ。昨日、みゆきが八百屋から大量にトマトを買い込んできた。今日は仕事が早く終わるから、ポタージュを作るらしい。フードプロセッサーが届いてから、みゆきはそれを活用することばかり考えてしまうと笑っていた。

「蓋をあける10秒前くらいになるとね、カウントダウンするわけ。」

「10、9、8……って?」

「そう。」

「みゆきってたまに子どもっぽいことするよね。」

「何においても楽しむことは大事でしょ? あともう少しで出来る~って思うと、なんかテンション上がるんだよね」

 料理を楽しんでいるからか、みゆきの作るものは全て美味しい。ただの温野菜のサラダでも夢中になって食べてしまう。

「おつかれさまでしたー」

 病み上がりに無理を強いるのはよくない。私も子どもじゃないから無理をすることもあるけれど、子どもじゃないからこそコントロールが必要だ。明日でいいことは明日に回して、今日は早めに退勤することにする。

『今から帰ります』

 早めの退社といっても、会社を出たのは定時を1時間は過ぎたころだ。残業代が出るといっても、定刻通りの出社ができるほうがいいなぁーと電車に揺られながら、オフィスに何人かいた社員を思い出す。

『待ってるね~! ポタージュいい感じだよ』

 親指を立てたウサギのスタンプ付きで、みゆきから返信が来る。ポタージュいい感じかぁ……。小さく、くぅと音がして自分の素直すぎる胃袋に思わず苦笑した。

「あ、おかえりなさーい」

「ただいまですー」

 駅からマンションまでの通り道にある商店街を通ると、私たち行きつけの洋菓子店の店長が声をかけてくれる。閉店作業をしていたらしく、すでにスタッフと揃いでつけているエプロンは外している。

「遅くまでご苦労様。やっぱり忙しいの?」

「うーん、ぼちぼちですかねぇ。」

「ぼちぼちかぁ」

 店長さんは、わははと大きく口を開けて笑う。話していると、なんだかほっとして私はこの人と話すのが好きだ。

「そういえば、みゆきちゃんも疲れた顔してたなぁ」

「……週末、私の看病させちゃったから。何かお詫びの品でも買っていったほうがいいかも。」

「さとみちゃん、それは感謝の品でいいでしょ。」

「……いけない、仕事柄、お詫びのほうが縁近くて。でも、デートをドタキャンさせちゃったし。お詫びでもあってるかも。」

「そんなさとみちゃんに、はいこれ」

 小花柄の小さな紙袋を渡されて、思わず首を傾げると、にやっと店長さんが笑う。

「うちの新作……というか試作品。お二人ともうちのお得意様だから、感想言ってくれればいいわよ。」

「えーいいんですか?……わぁ、プリン」

「抹茶味よ。」

「……聞いただけでもよだれが。」

「でしょ!」

 さっさと帰りなさい! という店長の声を背に、少しだけ速足で家へと向かう。家に帰れば、みゆきの美味しいご飯があるはずで、デザートにはもらったばかりの抹茶のプリンを楽しめる。

 家に帰ったらすぐにお風呂に入らせてもらおう。せっかくだから、ご飯もプリンもじっくりと味わいたい。

「ただいまー」

「さとみちゃん、おかえり」

 ふにゃりと笑ったみゆきが私を迎えてくれる。

「先にお風呂入っちゃってもいい?」

「いいよ~私も入っちゃったし。入浴剤、新しいのにしたから早めに入ってきて。」

 私からランチバッグを受け取ると、早く早くと背中を押される。背中に置かれたみゆきの手のひらは、お風呂から上がったばかりだからか熱い。

「あ、プリンもらってきたよ。」

「プリン! じゃあ、ご飯のあとね。」

 紙袋を渡されると、ふふっと小さく笑う。すっぴんの彼女は、いつもよりもさらに幼く見えて、同い年の女性には見えない。

「……みゆき」

「ん?」

「いろいろ、ありがと」

 なんでもないよ? と少し照れ臭そうに笑う。私が男だったらなぁと、邪な目で彼女を見つめてしまう。バレないといいのだけれど。

 こんな気持ちが彼女に知れたら、この生活は破綻してしまうのだから。

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