「笑わせたい」×「久しぶり」× #E60012
声にならない声をあげて、思い切り背筋を伸ばす。獣のようなうめき声が部屋に響いて、思わず吹き出してしまう。
首をぐるりと、右と左1回ずつ。鈍い音が響いて、思わずため息が漏れる。
ペタペタと音を立てて、フローリングに足を滑らせる。冷蔵庫を開くと、微かな冷気がむき出しの腕を撫でる。
「……っし」
3カ月前に買いっぱなしだったコーラ。コーラは絶対に缶が好きなのだけど、あるのはペットボトルだけ。そういえば、これを買ったときは人と一緒だったのだ。だったら、仕方ない。真っ赤なキャップをひねると同時に、爽快な音を立てる。
しゅわしゅわという音にそそられて、口をつけると一気に喉に流し込んだ。
「さて、何をしようかな」
久しぶりの、家で過ごす休日だ。最近は、休みというとずっと家を開けっ放しだった。
そういえば、フローリングの掃除も怠っていた。水場は結構こまめにしているほうだけど、水拭きともなるとそうもいかない。面倒くさいもの。
とりあえず、と掃除機を取り出して、その辺に掃除機をかける。土曜日の朝から申し訳ないと思っていると、上のほうからも同じような音がする。みんな考えていることは同じらしい。まあ、日曜日はゆっくりしたいものね。
飲みかけのコーラは冷蔵庫に放り込む。……1時間くらいなら問題ないだろう。やっぱりグラスに入れて飲めばよかった。でも、それだとコーラの醍醐味がなぁ。うだうだと考えながら雑巾の水をしぼる。狭い部屋だと掃除があっという間に終わる。ちょっと窮屈だけれど、掃除のしやすさはメリットだ。
録画しておいたバラエティ番組を見る。飲みかけのコーラを飲みながら、ポテトチップスの袋を開ける。
昨夜、友人とした話を思い出した。
「……君は幸せ?」
少し詰まってしまったのは、いつもの癖。うまく、言葉が出ないのも。べろんべろんに酔っぱらった彼女は、ワインのグラスを揺らしながらぼんやりとした瞳で、幸せになりたいとつぶやいた。
「幸せじゃない。仕事があって、美味しいものを食べれて。」
「ううん、そうだけど……そうじゃないのよぉ」
酔っ払いというのは、なかなかに面倒だ。友達じゃなかったら、そのへんに放り投げたいくらい。
「ほら、帰るよ」
会計を済ませて、彼女の柔らかい二の腕を掴むと、そのまま私にしなだれかかるようにして、力なく立ち上がる。
「あのね、幸せになりたいの。」
駅まで、呪文のようにつぶやく。彼女のいう幸せは、分かるけれど分からない。分かりたくないというほうが、多分正しい。
「……あんたのいう、幸せが分からない」
「うーん、君は強いからねぇ。」
ふにゃりと頬を緩めて、ふわふわと笑う。
「好きな人と結婚して、子どもを産んで、これだけ揃ってるんだから大丈夫だって思いたい。暗い部屋のなかに帰るのは嫌だ」
うなだれながら、低いヒールをカツカツと音を立てながらゆっくりと歩いていく。そうか、暗い部屋は幸せじゃないのか。
「あ」
やあ、と爽やかな笑顔を浮かべながら、彼女の恋人が駅の前で手を振っている。
「……幸せじゃない」
少しはしゃいだ声をあげながら、彼女は彼の胸のなかに飛び込む。
「ごめんね、迷惑かけて」
「いいえー」
小さく手を振りながら、寄り添う背中を見つめる。骨っぽい自分の手のひらに視線を下ろして、ため息が漏れる。
彼女みたいに、ふわふわのものを持っていない私は暗い部屋に帰ると落ち着く。もちろん、気が滅入るような夜もあるけれど。
つまらないバラエティを消して、部屋のすみに積んでいたDVDをデッキにセットする。つまらないと食欲が増して困る。最近、また量が少なくなった気がするポテトチップスは全滅だ。
彼女の隣に立っていた彼の姿を思い出す。仕方ないなぁと呟きながら、彼は柔らかく笑っていた。彼女が心配しなくても、二人はそのうちに結婚するだろう。
「……あーあ」
ぬるくなったコーラを飲み干して、予告が流れている間に冷蔵庫から発泡酒を取り出す。
他人の持っているものは羨ましくなる。彼の隣を欲しいと思っていたのは、2年前の私。いつの間にか、彼女が彼の隣で笑っていたけど。
濡れた頬をそのままに、始まった映画に集中する。泣けると評判だった映画だ。きっと、何の涙かも分からないくらいに、ぐちゃぐちゃにしてくれるだろう。
映画の主人公はヒロインのために、不器用にまっすぐに笑顔を見せてほしいと奮闘する。最後はきっと、ハッピーエンドだ。
いいな、私も――。
休みの日、お昼から胃に染み込むアルコールは美味しい。生ぬるい部屋のなかで、放り投げられた足を見つめる。夜ご飯は、久しぶりにデリバリーピザでもいいかもしれない。
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毎週、「獣になれない私たち」でライフがゴリゴリ削られている。でも、ああいう雰囲気のドラマ好きです。
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