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僕の好きなアジア映画88: 白塔の光

『白塔の光』
2023年/中国/原題:白塔之光(英:The Shadowless Tower)/144分
監督:チャン・リュル(張律)
出演:シン・バイチン(辛柏青、ホアン・ヤオ(黄堯)、ティエン・チュアンチュアン(田壮壮)、リー・シンシン、ワン・ホンウェイ(王宏偉)


僕はもともとチャン・リュル監督の映画『慶州 ヒョンとユニ』が大好きなので、彼が山形国際ドキュメンタリー映画祭のインターナショナル・コンペティションの審査員を務めると知り、審査員作品の上映を楽しみしていた。そしてなんと上映されたのは彼の最新作であるこの映画。

山形国際ドキュメンタリー映画祭でのチャン・リュル監督

さて映画の中身に入る前に、タイトルの「白塔」とは何か。北京市西城区にある妙応寺白塔のことで、13 世紀に建造されたチベット仏教の寺院の白塔。北京を象徴するランドマークの一つで、ここ数年この「白塔」を訪れる人が増えていて、近くのカフェの2階席から白塔を眺め、ゆったりとした時間を楽しむというのがこの場所の過ごし方なのだそうだ。この寺院のデザインが非常に奇抜で、建物の影が見えにくいため、この寺院の精神的な故郷であるチベットでは、実はその影が約 2,000 マイル離れたところに存在する、という伝説が生まれたそうだ。

妙応寺白塔

監督のフィルモグラフィーを見ればチュアン・リュルは多くの「地名」をタイトルとする映画を撮っており、本作の「白塔」は北京のシンボルということになる。また劇中で主人公たちが北京の市街を歩きつつ「私たちの影がない」という場面があり、白塔の光に照らされてもなお影がないということは、虚無感や満たされない状態による彼らの実存の危うさを、影のない状態と表現しているものと思われる。こういう非現実との境界の揺らぎのような表現はいかにもチュアン・リュルらしいマジカルな瞬間である。

主人公は離婚をした中年のシングル・ファーザー。仕事のため子供と一緒に生活できず、父は主人公が子供の頃に失踪。別れた妻は他の男と再婚していて癌の末期。仕事で知り合った若い女性カメラマンとは歳の差もあって一歩踏み切れず、そのうち彼女は元彼の元に去る。痴漢の冤罪により行方をくらましていた父と再会し和解する。父は世間から隔絶した生活を送っていて、父があげる凧は北京にいた時の幸福な家族の姿や希望の象徴なのだろうか。

周囲の人間がどんどん去っていき、主人公は父と自分が実は同一の孤独の中にあることを知る。クスッと笑ってしまうような場面を散りばめつつも、上映後のインタビューで監督が述べていた通り、この映画はコメディーではないと思う。「白塔の光」に象徴された希望を希求する、ほろ苦い人生の哀歌に僕には感じられた。なお父親役を『青い凧』などの監督、中国第5世代の田壮壮が演じ、なんと「赤い凧」あげている(笑)。

田壮壮

第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品


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