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ベトナムお寺の盆支度、精進料理、そしてりんご出汁 @埼玉

「盆と正月」というくらい、お盆は日本人にとって重要な行事だ。お墓参りに行かない人でも、お盆休みや帰省ラッシュにはそわそわするのではないのではないだろうか。とても日本的な行事のように思うけれど、実は日本だけのものではない。

仏教徒が多いベトナムも、お盆を行う国の一つ。日にちは旧暦の7月15日で、2021年は8月22日にあたった。そんなベトナム式のお盆の支度に、埼玉のベトナム寺院 大恩寺で加わらせていただいた。そこで出会った料理やお盆の様子を、書きたいと思う。

お寺の日常の食事については前編をご覧ください↓

書きたいことが溢れて、時系列もぐちゃぐちゃでまとまらないままに長くなってしまったのですが、飛ばし読みして気になるところだけでも目に留めていただけたらうれしいです。

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ベトナムのお盆って、何食べるの?

日本でお盆の食事というと、天ぷら(精進あげ)・おはぎ・素麺などだろうか。うちの実家では、郷土料理のおやきも必ず買ってきた。厳格ではないけれど、なんとなく「お盆にはこれを食べる」というものがそれぞれの地域にあるように思う。

ベトナムはどうかと尋ねると、「特に決まったものはないかな」と寺に生活する子たちは口を揃える。(ただし知人を介して現地在住の人たちに聞いてみると、おこわやチェー、揚げ春巻きや月餅を答える人も。地域や世代によっても感覚が違いそう。)それでも菜食を心がけることとお供物をすることは皆共通。そういえば、実家で食べていたものもすべて一応菜食だ。意識していたのか、それとも結果的にそうなっていたのかはわからないけれど。

前日夜、嵐のように支度開始。まずはりんご出汁から。

お盆支度は3日ほど前から少しずつ始まったが、急に忙しくなったのは前日夜の19時。夕飯を食べ終えてのんびりしていたら、勢いのいいおばちゃんが車でやってきて次々と指示を出し、皆も慌ただしく動き出した。おばちゃんはこのお寺に通う信者さんの一人で、行事の際には必ず来て食事作りを取り仕切ってくれる方なのだ。

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「大根、皮むいて!にんじんも!ねぎ、ヒゲ根の部分までしっかり洗って鍋に入れて!」丸ごと、あるいは大ぶりに切って投入していく。レモングラスも10本ほど。なかなか大胆だ。

次に手渡されたのはりんご。え、りんご?

「くし切りにして、適当な大きさに切って鍋に入れて!」どうしても耳が信じられなくて聞き返すと、「りんごの出汁、肉の代わり、甘みが出るから」と説明してくれた。言われるがままに作業する。かくして、ヒゲ根付きのネギとまるごとの大根とりんごが投入されたすごい画の鍋が出来上がった。

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ここにホースで水を満たして煮込む。周りの子たちが教えてくれたところによると、りんごやパイナップルは、ベトナムの精進料理の出汁にはよく使われるものらしい。驚いた。果物が高価な日本ではなかなかない発想だ。ちなみにここはお寺なのでお供物がある。お下がりのりんごをたっぷり使わせていただいた。

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煮込みながら教えてもらったのだが、この出汁で、人気者の麺料理「ブン・ボー・フエ」をつくる。ブンは太めの米麺、ボーは牛、フエはベトナム中部の町で、牛骨ベースの甘辛スープに野菜が入ったカレーうどんのような見た目のフエ名物だ。大鍋でたくさん作れるうえに万人が好きな味だから、大勢集まるお盆のような行事にぴったりなのだ。ただし精進版なので牛なしで。

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火を消して一晩。翌朝鍋の蓋を開けると、煮汁は薄茶色に色づき、うまみのある香りがしている。このスープをざるで漉し、野菜や厚揚げを炒めた具材の鍋に投入する。

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丸ごと煮込んだ大根などはカットして具材として再投入し、出涸らしになったたまねぎやりんごは仕事終了。

スパイスで味付けしてさらに煮込んだら完成。みんなの真似をして丼にブンとハーブ類を入れたら、おばちゃんがスープを注いでくれた。

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強くやさしいうまみに驚いた。うまみと甘味の溶け込んだスープは、スパイスで輪郭がくっきりし、あまりにおいしくて丼の底まで飲み干した。りんごは、肉の代わりの出汁になれるのだ。

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ちなみにこのくるっとしたハーブは空芯菜。茎の部分だけをピーラーで削ぐようにすると、こうなるのだ。モヤシにオリエンタルバジルにノコギリコリアンダーに、種々のハーブをそれぞれ下ごしらえするのは案外地味で大変な作業なのだけど、いかんせん単純作業なので、次々とやってきくる来訪者の誰もがすぐ手伝えて、そうして自然に輪に加われるのがいいなと思った。

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緑豆おこわはベトナムの赤飯

お盆に必須の料理はないとはいわれたが、お供物は欠かせない。お供物といえば、おこわだ。おこわ自体はベトナムでは日常的なもので、屋台を歩くと、豚肉の入った食事系のものからピーナッツ入りの甘いものまで多種多様なおこわに出合う。朝食にも軽食にもおやつにも食べる。(写真はホーチミンの屋台、2019年7月撮影)

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しかし、今回作るのはちょっと特別。お供物ならではの、花型の美しいおこわなのだ。

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まずは餅米を一晩浸水させ、それを翌朝4つの蒸し器に分けて、それぞれに木の実や葉の色素で色をつけて蒸す。そこにココナッツミルクと砂糖を混ぜてひと蒸らしさせたら、4色のおこわができる。

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ここから、おこわと緑豆あんとを層になるよう型に入れて押しかためると、ケーキのように仕上がる。

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湯気立ち上る中、次々と仕上げていく。慌ただしくなってきて、工場のようだ。

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お供物の分が終わったら、バットに固めて四角くカット。これは参拝者の持ち帰り用になる。

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味はというと、これがやみつきになって止まらない。赤飯はプレーンな味だけれど、ベトナムおこわは甘くてココナッツ風味で、見た目がかわいいだけでなく、おいしくてまるでお菓子のようなのだ。

ひき肉は厚揚げで代用できても、ニョクマムはニョクマム。

揚げ春巻き(前編)も、肉なしで作った。これは子供たちに贈るとともに、お盆の分も一緒に作っていた。ベトナムの揚げ春巻きネムザンは、普通はライスペーパーで包んで揚げるのだけれど、今回使ったのは日本の春巻き皮。「ベトナムの皮は時間が経つとべちゃべちゃになっちゃうから、すぐに食べない場合は日本の皮がいい」のだそう。
具材のにんじんやキノコはすべて細かく切る。厚揚げを手で崩して入れるのはひき肉代わり。キノコを三種類入れるのは、より強いうまみのためだろうか。単体では動物性に敵わない植物性のうまみも、重ねれば強くなる。

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具材を炒めて包んで揚げると、肉入りと全く遜色ないくらい満足感のあるおいしい春巻きになった。揚げたてを食べて、一同大満足。

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しかしここからが問題だった。ベトナムのネムザンは甘辛酸っぱいタレをつけて食べるのだけれど、その味の決め手となるのがニョクマム。タイのナンプラーと同じく魚醤で、あらゆるベトナム料理に使われる。魚醤は動物性のため、醤油などで代替してみるのだけど、味見をしては首を傾げる。相談が始まる。

「何かが足りない」「あー、だってニョクマム使ってないから」「ああううん...」

困って顔を見合わせる。
生で食するタレは、香りが命だ。あのうまみそのものな風味は、どうにも代替できないのだ。そして日本人にとっての醤油や出汁と同じように「これがないと」というものなんじゃないかと思う。この件は、納得しないけれどまあこんなものかというところで落ち着いた。

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昆布茶大活躍

そういうわけで、寺の台所ではニョクマムが使えない。ニョクマムはあらゆるベトナム料理の味付けの要となるものだし、出汁と味付けの両方の役割を兼ねているから、これは結構問題だ。味付けは醤油で代用するとしても、それだけではベースが弱い。鰹節や煮干しの出汁で支えることもできない。

すると干し椎茸という選択肢が上がってくるわけだが、煮物などならばよいものの炒め物の途中で入れるにはかなり不便だ。日常の料理は前もって計画しないから、「いま必要」ということが割と多い。ニョクマムのように、出汁と味付けが同時にできるのはなかなか代わりがいない。

そこで活躍するのが、なんと昆布茶。調味料ストックの棚には大袋で常備されていて、「塩・胡椒・昆布茶」というレベルで何にでも使うのだ(さらに言うとここに味の素が加わる)。ある日のかけうどんスープを支えるのは、りんご出汁と昆布茶。

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「昆布茶はベトナムにもあるの?」と尋ねると、「いや、ない。日本に来てから」という。日本にあるベトナム寺院ならではの工夫だ。

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コロナ禍のお盆は「肉なしの肉まん」

話は戻るが、お盆の三日前にまず何を始めたかというと、肉なしの肉まん(つまりおまんじゅう)を200個作ること。例年はお盆の法要の後に、訪れた人々が一堂に介して昼食会が行われるが、今年は新型コロナウイルスの感染防止のために中止。その代わりに持ち帰ってもらえるものとして肉まんなのだ。

朝食を食べ終わると、にわかに台所が慌ただしくなる。卵を100個数えて鍋に入れ、ゆで卵を作る。あまりの量に、ゆでるうちに下の方のいくつかはつぶれた。

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にんじんや干し椎茸をみじん切りにする。私は、朴訥な男の子と二人でにんじんを担当したのだけど、やってもやっても終わらなくて逃げたくなった。彼は淡々と刻み続けていた。

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隣では、力のある男の子たちが生地作り。小麦粉に牛乳・イースト・砂糖を加え、数キロにもなった生地を額に汗してこねている。

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具材と生地ができたら総出で包み、次々と蒸していく。生地をのばすのは、麺棒の代わりの調味料瓶やペットボトル。のばしては包み、のばしては包み、たくさんの手が動く。

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「あ、おおきくなってる」

尼僧さんに言われて見てみると、最初の方に包んだまんじゅうが膨らんで一回り大きくなっている。

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せっせと包むものの、何せ暑いので、少しの間に発酵が進んでしまうのだ。さらにピッチを上げて包む。具材はまだあるのに生地が尽きてしまった。男たちが追加で生地を作り、また包み、蒸す。すべての生地と具材を包んで蒸し上げたら、夕飯の時間だった。蒸したものは全て冷凍し、お盆当日に備える。

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やはり集って食べたい

お盆当日は、朝5時から大忙し。本堂の掃除をして仏花を生けたら、ブン・ボー・フエを仕上げ、ハーブ類をこしらえ、まんじゅうを蒸し、おこわのケーキを作り、ボービア(生春巻きに似ているけれど中身がちょっとちがってクズ芋などが入る)を包み、餓鬼のためのお粥を施餓鬼台にあげ、持ち帰りの食事をパックして...お坊さんと参拝者と仏様と餓鬼のそれぞれの食べ物をそれぞれの場所に整える。その間にも次々と遠方から来訪者がやってくる。

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お坊さんや日本人のお客さんは本堂へ。ベトナム人の若者は自然と私たちの台所に吸い込まれてきて、手伝いに加わる。ボービアは、包んだ総数のうち半分以上が "まかない" で消えた。

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そして、11時に法要開始。

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1時間ほどで終了。そこからお坊さんの食事会が始まり、一般客はおまんじゅうをもらって帰る...

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というはずだったが、それなりに多くの若者が台所の方にやってきて、大鍋のブン・ボー・フエをめざした。まかないのような、お裾分けのような。

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手伝いをしたり、食べたり、おしゃべりしたり。お寺という場所に、用事を済ませにくるのではなく、過ごしたり尽くしたりしてゆっくり帰っていくのだ。

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食事を終えたら、片付けに加わる人もいてそうでない人もいて、ベトナム食材のお裾分けをもらったり野菜を袋に入れたっりして、三々五々帰っていく。

大鍋は空っぽになり、夕方には静けさが再びやってきた。やることはもうないのだけれど、なんとなく夜までとどまり、一気に小さくなった食卓で寺のみんなと夕飯をともにして、数日の滞在を終えて帰路についた。私の人生で一番、にぎやかで穏やかで居心地のいいお盆だった。

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