地球の反対側で出会ったなつかしい料理
子どもの頃の食べ物の記憶に、「にらの薄焼き(にらせんべい)」がある。水に溶いた小麦粉に庭から採ってきたにらをバサッと入れ、フライパンで焼いたら最後に砂糖醤油をつけて食べる。地元長野の郷土料理だ。
(↑日常すぎて手元に写真がなかったのでネットより拝借。うちのは丸く小さく焼く。)
我が家のにらの薄焼きは、休みの日のお昼ごはんやおやつに、おばあちゃんがよくつくってくれた。私はおばあちゃんとおしゃべりしながら、横で砂糖醤油をつけるという仕事とも言えない仕事をするのが好きだった。
にらの薄焼きが皿にきちんと盛られることは少ない。みんな焼いた端からどんどん食べるからだ。焼いては消え、焼いては消える。世の中おいしいものは山ほどあるけれど、休みの日のにぎやかな思い出と相まって、私にとってにらの薄焼きは味で語ることのできない大切な料理だ。
そんなにらの薄焼きを思い出させる料理に、南米コロンビアの家庭で出会った。「アレパ」というとうもろこしパンケーキだ。
私がお世話になったお家の一人娘カリナさんは高校生。日曜日の朝起きたら、彼女に「今日はおばあちゃんとこにアレパ焼きに行くよ」と言われた。学校に習い事にと忙しいけれど、毎週末両親とともにおばあちゃんの家に遊びに行き、そして毎週のようにおばあちゃんとアレパを焼くそうだ。休日の過ごし方の一つのようだ。
おばあちゃんのアレパ作りはシンプルだ。とうもろこし粉にお湯や溶かしバターなどを混ぜ、チーズを包んで鉄板で焼く。
シンプルだけれど、機械のような正確さで同じ形に仕上げていくのは、もう何百回も作ってきているからだろう。
もちろん分量やレシピなんてなくて、すべてはおばあちゃんの指先の感覚が教えてくれる。おばあちゃんの指導を受けながらカリナさんも動き、そして手に負けないくらい口も動かす。台所はにぎやかだ。
アレパが焼けると香ばしい香りが部屋に立ち込める。すると一人また一人と集まってくる。
コロンビアの人は親族のつながりをとても大事にしていて、休日は皆でひとつの家に集まるのが定番だ。人が集い、アレパに群がり、どんどん焼けども全然皿にたまらない。
この時ふと、幼い日のにらの薄焼きを思い出した。あの時のにぎやかな楽しい気持ちと同じだ。初めて食べるはずのアレパが、なんだか昔から親しんできたもののように思えて懐かしくなった。
コロンビアが位置する中南米地域は、とうもろこしの原産地でありとうもろこし粉の料理が豊富だ。一方私の地元の長野は、米栽培に不向きな土地だったこともあり、小麦消費量が日本一だ(総務省「家計調査」2018、対象は都道府県庁所在市及び政令指定都市)。
手近な食材でいつでもつくれて、何度作っても決して飽きることがなく、作ると必ず人が集まってきて焼いた端からなくなっていく。そんな「うちの人気者」のような料理が、世界の他の土地にもあることが、なんだかうれしくてなんだかほっとした。
焼きたてのアレパに一緒にかぶりついたらもう家族。食べ物の記憶って、家の壁を越えて世界の人とつながるのかもしれない。
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ところで、コロンビアのおばあちゃんに教えてもらったアレパのレシピはこちら。アレパ用のとうもろこし粉は南米食品店などで扱っています。南米で出会った初めてなのになつかしい味を、どうぞ。