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インドネシア社食の台所と、料理のスモールビジネス

ジャワ島東部のスラバヤ郊外、地元企業の社食の台所で、一緒に料理させてもらった。

受け入れてくださったのは、化学分析企業のAngler Biochemlab PT。インドネシアの食品や化学検査を担う有力企業だ。従業員130人分のごはんを作るのは、チチさんと助手の女の子。生のスパイスで煮た鶏を揚げて、豆腐とテンペも揚げて、ジャックフルーツを煮たりと、計5品ほどを作る。

右の緑の服がチチ。厨房リーダー。

チチは元々料理の仕事をしていたわけではなく、専業主婦だった。地元に戻るために探した仕事が、たまたまここでの調理の仕事だったという。
「いろいろな料理を作らなきゃいけないのに、困ることはなかったの?」と尋ねると、「困ったよ!だから料理はネットやYouTubeで探して、作れるようになっていった」と言う。

アヤムゴレンは、スパイスで煮た鶏を揚げる。ひたすら暑い。

料理の仕事というと、"料理人"というキャリアの人を想像するけれど、実はその敷居はものすごく低い。この国にいると、それを強く感じる。

若いジャックフルーツを、ココナッツミルクやスパイスで作ったスープに入れる。

インドネシア含む東南アジアの国では、チチのような食堂の料理の人から、屋台でナシゴレン(チャーハン)だけを売る人、道端でお菓子を売る人など、「料理で稼ぐ」人がたくさんいる。さらに近年は、手作りお菓子などをネットを通して売る人も増えている。InstagramやWhatsAppで注文をうけて、モバイルペイメントでお金のやり取りをするのだ。お菓子作りが趣味なのというくらいの人も、気軽に販売をする。もう少し商売としてやる人は、GoFoodやGrabFood(それぞれGojekとGrabが運営)でデリバリーする。食産業のデジタル環境が整ったこととコロナ禍によるデリバリー需要の盛り上がりが、この動きを加速させた

すべての料理は生のスパイスをつぶすところから始まる。色と香りのバリエーションがすごい。

料理は工場のような初期投資がいらないし、食べ物を加工するスキルがあれば誰でもできる。必要なのは、作り方の知識だけ。スモールビジネスを始めるのも、日本のように食品衛生法などの規制の壁が高くない(規制自体は存在する)。格差が年々広がるインドネシアにおいて、料理は誰もが手軽に始められるビジネスの一つだ。

別の日にもらったおやつ。Eliさんという方がWhatsAppで注文を受けて販売している。

さて、料理ができあがり、社食に運ばれた。11時頃から人がぽつぽつと来始め、12時がピークタイムだ。

第一陣がやってきた。「食べることの心配がないことは、安心して働けることにつながる」と教えてくれた。

社食は無料で、セルフサービス形式。その場で食べる人もいれば、弁当箱に詰めて外に出ていく人たちもいる。

この弁当箱は会社支給のようで、皆同じものを使っていた。間仕切りがあって便利。

社員の一人の女の子と、社食に座りながら話していたら、彼女も料理で稼ぐことをはじめたと言う。
「普段の食事は母が作るから、私は全然しないの。でも、春巻などの軽食やおやつは時々作る。それで、友達においしいと褒められたから、WhatsAppで売ることにしたの」と。こういう"サイドビジネス"を持つ人は多く、収入の足しになる。

皿にのせて食堂で食べるとこんな感じ。ゴーヤ炒めは日本のより苦味が穏やかな印象。

生きるための料理ならば、安い屋台や安いデリバリーにアウトソースできる。人件費が安いこの社会で、自分で料理を作ることはもはや必須でなく、仕事に忙しい人ならばむしろ非合理にすらなる。そんな社会で、ではなぜ料理を身につけるかと考えたとき、そのモチベーションとして「稼ぐ」が堂々と君臨しているように感じた。

鍋一杯で130人分。今日も明日も明後日も作る。

話は逸れるが、数年前日本で、モテ料理という言葉をよく耳にした時期があった。料理をすることが「モテる」につながるとブランディングされ、新たな価値を与えられた。
「家族のため、健康のため」というクラシックな目的は、もはや十分にアウトソースできるようになった今、料理のモチベーションも多様に変化してきている。

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ところで、今回この社食の台所にお邪魔させていただいたのは、「純胡椒」を生産する仙人スパイスさんのご紹介でした。純胡椒は、インドネシア産の生胡椒塩水漬け。フレッシュな胡椒の香りや新しい調味料が好きな方に、ぜひおすすめです。


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