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(63)八月の記憶

コンクリート階段に生えたタカサゴユリの蕾が膨らんできたので、ヤブミョウガとヤブランの花と飾ってみる。暑くてカーテンを引きっぱなしなので室内は薄暗く、ちゃんと咲くだろうかと、活けてから思う。一輪咲いた後の木槿の枝は、青くて堅い蕾がついたまま水に挿してある。

真夏の8月は、ギラギラ輝く夏の光の陽気さのなかでも、終わっていく夏の儚さがふっとよぎる。夏休みの楽しい思い出に、終戦の日を迎えるまでの苦しい日本の記憶もこの頃は呼び起こされて、お盆に帰ってくるご先祖さま達も集まっているからか静かなのに賑やかで、複雑な空気感が漂っている。

子供の頃の夏は、いつも夜行寝台列車で両親の故郷である秋田へ帰っていたので、私の夏はそのまま秋田の記憶になっている。当時は兵庫県に住んでいたから、大阪と青森を繋ぐ「日本海」という名前の日本海側を走るブルー列車に乗っていた。寝台列車に乗っている時、走っていると眠れるのに、止まると目が覚めてしまい、夜中の途中駅で何度も、人気のない、ライトの光が煌々とホームを照らしている駅を眺めていた。明るいライト以外は真っ暗で、しばらくするとピィーーと細い汽笛の音が鳴り、ゆっくりと列車は動き出す。ゴトンゴトンと走る音が安定するころには、再び眠りに落ちていた。

大人になってから、上野発の寝台列車に乗ると、距離が短くて寝たと思ったらすぐに到着し、変な感じがしてしまったので、身体の感覚は一年に一回の事でも記憶しているらしい。

盛夏に咲く花は少ないものの、前庭ではアオイ科の木槿と芙蓉の花が、夏空を背景にして咲いている。今年の芙蓉はとても大きく、薄紅色の花びらをひろげ、ゆったりと咲いて美しい。ひと枝もらおうかとも思ったが、芙蓉は一日花で切ってしまうと残りの蕾が咲かなくなってしまう。やっぱり、蚊に刺されても、私が見に来ることにしよう。

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