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青春の夢に忠実であれ

 —そのタクトの先から生まれ得るものを、目を凝らして捉えようとしている—

昨晩、シエナウィンドオーケストラの演奏会を聴きに行ってきました。
シエナと言えば、日本を代表するプロの吹奏楽団のひとつ。専属指揮者の佐渡裕氏は、『題名のない音楽界』でもお馴染みです。

ステージでの生演奏を聴くのは、いつでも少し緊張します。一番はじめに出す音、アタック、音程、テンポ…。特に私がかつて吹いていたサックスのパートは、固唾を飲んで見守ります。そしてそれらが素晴らしく、言うことがなく、かつ期待以上だった時にはじめて「Wao」が出るのです。わお、これは素晴らしい、ブラボー、センクス。

だけど昨晩は、ちょっと違っていました。
個々のプレイヤーの技術より釘付けになったのは、佐渡氏のコンダクターぶりだったのです。

音楽にさほど馴染みのない方からすれば、「指揮者って何のためにいんの?」という疑問が湧いてくるのは、しごく当然のことでしょう。あの白い棒から一体なにが発せられているのか。みんな楽譜を見てるのに、存在してる意味あんのか。そうですよね。
でも意味はあるんです。大ありなんです。そして佐渡氏の振り方を見て、その意味を改めて思い出したのです。

正直、昨日の彼の指揮は「おいおい~」と思うほど放置、というか棒を振っていない瞬間もたくさん見受けられました。振り始めたかと思えば「ゆらゆらゆらり~」と、到底何かを指示しているとは思えない棒さばきで、もはや自由過ぎて笑ってしまうほどです。でも私は同時に思っていました。
「ああ、彼の指揮で吹きたい人生だった」と。


私の青春のすべてを捧げた吹奏楽の恩師、北野英樹先生は2010年に永眠されました。北野先生は音楽教師として、そして吹奏楽部顧問として数々の中学校を全国大会に導いてきた、まさにカリスマ教師です。私が中学2年の頃に転任してきて、それから小高中学校吹奏楽部は3年ほどで全国大会常連校となりました。
その過渡期を一学生としてまざまざと見て、たくさんのことを感じ、悩み、考え抜いた青春時代。現在にいたる私の社会人の基盤のほとんどは、吹奏楽から学んだと言っても過言ではありません。

昨日の佐渡さんの指揮を見ながら、北野先生のことを思い出していました。
夏の大会で先生が指揮を振りながら、胸の前で小さく“good”の指をつくってくれた、あの瞬間。そんな光景を見れるのは、血反吐の出るような練習に耐え、ステージに上がり続けてた私たちにだけ与えられた特権だったのだなと。そしてそれが音楽をやる人間にとって、何にも代えることのできない至上の瞬間だったのだなと。

佐渡さんの指揮から生み出されるのも、そうゆう瞬間の連続なのだと、自由な後姿を見ながら感じていました。彼が指揮棒を通して伝えるのは、リズムやテンポだけではありません。タクトの先から発せられるのは、プレイヤーの気持ちにダイレクトに訴えかける、音楽の“熱”でもあるのです。
だから最後のアンコール曲で、客席に向かって指揮を振ってくれたのは本当に嬉しかった。北野先生が亡くなって以来、彼以上の指揮で吹けたことのなかった私の音楽人生が、20年という時を経て上書きされたのでした。

指揮者の存在する意味。それはきっと「愛情を持って、託すこと」そして「全部の責任を持つ覚悟」でしょう。一人一人のプロのプレイヤーがいて、彼らを信じつつ、でも音楽全体の責任は自分が持つ。
そんな人がコンダクターであり、プロデューサーであり、マネージャーなのだと、佐渡さんの後ろ姿を眺めながら感じたのです。

2022年2月17日
Misato

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